東京大学2021年国語第4問 『子規の画』夏目漱石
これまでの東大現代文にはなかった種類の問題といえる。これまでは感覚的な問題文もあるにはあったが、それでも少なくとも文中に解答に使えそうなことばが点在していた。しかし本問は、「心情について説明せよ」という設問が二つもあることに象徴されるように、文中のことばから作中の人物の思いを類推しないと解けない設問ばかりである。
事実、この年の入試問題に関し東大が公表した「出題の意図と解答」の「『国語』の出題意図」には、「行間が雄弁な文章なので、表面的な読み取りでは太刀打ちできません。『拙』の語に込められた万感の思いをどこまで丹念にくみ上げ、心情という一見曖昧模糊とした領域で明確な理解を組み立て、適切なことばでそれを表現できるかどうかが問われます。豊富な語彙を自在に操れるだけの読書量が要求されているともいえるでしょう」と述べられていた。
なお、この傾向が翌年以降も続くのかと思ってみていたら、そうではなく、2022年の第4問も2023年の第4問も行間の読みとりを要求するものではないように思われる。
(一)「下手いのは病気の所為(せい)だと思い玉え」(傍線部ア)にあらわれた子規の心情について説明せよ。
この言葉は、画中の図柄の脇に書かれたものである。わざわざ自分の絵を「まずい」と認め、自分の病気について言及し、そして下手の理由を病気のせいにしている。このことばのあとには「嘘だと思わば肱をついて描いて見たまえ」とまで言っている。
絵が下手なことを率直に認めているようでもあり、病苦を白状しているようでもあり、病気のせいでうまく描けないと強がっているようでもある、ということである。
また、「東菊活けて置きけり火の国に住みける君の帰り来るかな」という短歌も添えられている。これは、東京と熊本という距離のため、会うことがかなわない友人を懐かしむ心情と考えられる。
以上の推察から、「絵がうまく描けない理由を病気に帰して強がってみせる一方で、病苦を率直に吐露してもいる、気の置けない遠方の友人に対する親愛の情。」(63字)という解答例ができる。
(二)「いかにも淋しい感じがする」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
第3段落の傍線部イ以下、つまり「色は花と茎と葉と硝子の瓶とを合わせてわずかに三色しか使ってない。花は開いたのが一輪に蕾が二つだけである。葉の数を勘定して見たら、すべてでやっと九枚あった。それに周囲が白いのと、表装の絹地が寒い藍なので、どう眺めても冷たい心持ちが襲って来てならない」を要約すれば十分である。
また、最後の「どう眺めても冷たい心持ちが襲って来てならない」は、子規の病苦と孤独が伝わってくるように感じられたということだと考えられる。
以上から、「周囲が白く表装も寒色だったので、全体が寒々しい上、花も蕾も葉も使った色の数も少なかったことからは、病苦と孤独まで伝わるようだから。」(65字)という解答例ができる。
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