東京大学2023年国語第4問 『詩人であること』長田弘
端的に言って、問題文は難解であり、設問は難問である。
問題文が難解だというのは、筆者の言葉の使い方が独特であること、書かれている内容そのものも個性的であること、などによる。設問が難問だといえるのは、傍線を引かれた箇所が、体言や一節まるごとではなく体言を修飾する句だったり、そこに含意される内容がその傍線から遠い箇所で言及されていたりすることによる。
東大国語第4問は、必ずしも論理的でない主張や誰もが共感できるわけではない感慨を受験生に解釈させ、それなりに論理的に説明させる問いが多い。
特に本問については、試験本番という重圧のなか、限られた時間内に解ききることは至難の業だろう。問題文のなかで筆者が言いたいことを大筋でつかみ、なるべくわかりやすい言葉で筋道の通った答案を作ることができれば十分に合格点に達するものと思われる。
設問(一)「観念の錠剤のように定義されやすい」(傍線部ア) とはどういうことか、説明せよ。
一般に、「どういうことか」と問われる設問は、傍線部の要素を分解し、それぞれを言い換えればよいとされる。しかし、この設問については、その方向で解答を作成することは容易ではない。最大の理由は、「錠剤のように」が筆者独特の言葉づかいであり、しかもどういう内容の比喩なのかが文中に明示されていないので、一義的に理解できず、適当な言い換えが難しいからだ。
傍線部アは「言葉(だけれども)」にかかる連体修飾句である。この述語に対応する主語は「『平和』も『文化』も」なので、解答は「平和」や「文化」といった言葉を形容するのにふさわしい属性を述べることになる。したがって、主語は不要であり、(「平和」や「文化」といった言葉は)「○○という特徴を持つということ。」または「○○という性質の言葉だということ」などとまとめればよい。
一読すると、筆者が言葉を二項対立で捉えていることがわかる。「観念の錠剤のように定義されやすい言葉」と同義のもの(以下、Aとする)は、「どのようにも抽象的なしかたで、誰もが知ってて誰もが弁えていないような」言葉、「そうとおもいたい」言葉、「(社会の)合言葉としての言葉」、「独善の言葉」であり、その反対の概念(以下、B)は、「それぞれに独自の、特殊な、具体的な経験」を「それぞれに固有なしかたで言葉化してゆく意味=方向をもった努力」を伴った言葉、「一つの言葉がじぶんのなかにはいってくる。そのはいってくるきかたのところから、その言葉の一人のわたしにとっての関係の根をさだめてゆくこと」をした言葉、「わたしの経験をいれる容器として」の言葉、であることが読み取れる。
また、傍線部を含む文全体の構成を読み解くと、「平和や文化などの言葉は、一般的にはAのように捉えられがちな言葉だが、私にとっては、他の人とは違い、固有の体験を通して獲得した言葉Bにほかならない」ということを述べたいのだということに気付く。
下線部はまさに、上記の文の中の「Aのように捉えられがちな」に相当する箇所であるといえる。そして、その対極にある概念Bに関する筆者の実例が、第3段落の末尾に書かれているような、街路の名前を通して具体的なイメージを思い起こすことなのである。
解答の骨子を「一般的には、Bに必要な要素を伴わず、A的なプロセスに基づいてAの意味で捉えられがちな言葉だということ。」と表現することにして、キーワードを整理すると、「一般的には、固有の経験に基づく具体的イメージを伴うことなく、社会通念に基づく抽象的・観念的な意味で捉えられがちな言葉だということ。」(65字)という解答例ができあがる。
設問(二)「言葉にたいする一人のわたしの自律」(傍線部イ)とはどういうことか、説明せよ。
傍線部イの前後を読むと、「言葉にたいする一人のわたしの自律」が成立するには、「一つの言葉がじぶんのなかにはいってくる。そのはいってくるきかたのところから、その言葉の一人のわたしにとっての関係の根をさだめてゆくこと」が必要であることがわかる。また、「言葉にたいする一人のわたしの自律」が成立しなければ、「『そうとおもいたい』言葉にじぶんを預けてみずからあやしむこと」はなく、それがないことは「言葉を社会の合言葉のようにかんがえるということ」と同義だということがわかる。
つまり、傍線部の「自律」とは、言葉をAではなく、Bにするための営為であり、第1段落に書かれていた「それぞれに独自の、特殊な、具体的な経験」を「それぞれに固有なしかたで言葉化してゆく意味=方向をもった努力」のことであることがわかる。
しかも、筆者は「平和」と「文化」という「言葉についてかんがえるとき」、「わたしのそだった地方の小都市の、殺風景だったが、闊然としていた街路のイメージ」が思い浮かぶと述べている。個々の言葉に対してこのような具体的なイメージを持つための努力が、「それぞれに固有なしかたで言葉化してゆく意味=方向をもった努力」だというわけである。
以上から、「言葉を獲得する契機となった経験を顧慮し、その言葉と自分の関係を明確にすることによって、その言葉に対する固有のイメージを持つ努力のこと。」(67字)という解答例を導くことができる。
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