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原爆投下の日に献香

今日は広島原爆投下の日。
計り知れないことだけど、
日々の暮らしの中でも、心にそんなことは起こる事がある。

愛すればこそ
の理由で正気を保守するけれど
心の底にたくさん溜まっていく感情は中々洗い流せない。

立ち直れ、と簡単に言う事はできない。なぜなら、人の痛みは、それぞれだから。

原爆投下があり、日本は敗戦した。
そこから、文化や言語習得に至るまで外部に変性された、ところも多様にある。

お香だって、戦時下では、三代前の香の宗匠は防空壕に抱えて逃げ、そんな中でも鍛錬をやめなかった、、だが、戦後、荒びれた文化への意識は、サポートも得られず、最近になり、ようやく、少しずつ香への意識が向き、アロマや香水から、香木や和香材へと香りの需要が再燃してきている。

香りは、脳または意識の変容に大きく作用するところがあり、
灼熱の中や気だるさの中では、果実やアクア系、または、甘くスパイシーなものを欲しやすい。
これは、痺れるような恋に似ていて、
海の上で漂っているような人間関係を好む時にあらわれる。
くっつきすぎると溺れそうだから、つかず離れず、でも、視線は外さないでね、という気持ちがありあり。

反転して、香木系って、お寺の中で陰影を楽しみ、言葉は交わさなくても、人と人とが、しっかりと結びついている関係性を築きやすいみたい。
それは、香木の中にある、どっしりとした香りがアンカー(碇)になって、
遊びはあるけれど、ぶつからない優しい波にのる船のよう。

私たちの生き方は、どちらを選んでも自由なんだけど、昨今のニュースをみていて、どちらが好きなのかしらと思って観ている。

潜在意識、予祝、それを自在に出来ていた日本人。
🫥みえない余白を愛する美的感覚を持つ日本人。

営みというものは、暮らしの中にある香りや漂う会話の中に生まれてくるものだから。
ピカドンが二度と起こりませんように、優しい祈りを忘れない日本であってほしいな。

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