へびのあしあと
全三話。
この世界では人に影響を与えられる人と そうで無い人がいる 一生のうちで深く関われる人は 生まれた時にすでに決まっているんだ。 それ以外の人たちを 彼は「カザリ」と呼んだ。 (序章0〜終章14)
読んでもらった記事をくるっとまとめてみました。 朗読してくれる方いましたら いつでもお声がけください。
丑三つ時に繋がった、 ある幽霊のお喋りは、 いつしか事件の真実へと近づいて行く。 全五話。
夜の街は色彩で満ちていた こんなにも沢山の色がこの世界に存在しているなど 数日前の自分に言っても信じてはくれないのだろう この時代から数百年も経つと色は徐々に消えて行き 存在はしていても人が感知する事が出来なくなる 僕はそんな未来から過去へと訪れていた 僕のいる時代では肉体を酷使する人間はごく少数で 大多数の人は家から出ずに勉強し仕事をする 常にコンピュータの前かVRの中にいた 通貨は無く、争いも飢えもない 世界中の人たちが平等に、同じレベルで生きている それが良いのか
「この薬には副作用があってですね」 そう言われて医者は副作用を抑える薬を勧めた 何の知識も無い僕は言われるがまま頷くしかない 「さらにこれにも副作用があってですね」 と薬のための別の薬も追加された 「さらにさらに、困った事にこれにも」 「副作用ですか?」 「ええ、だからこれも必要になってですね」 ひとつの薬を飲むために いくつ他の薬を飲まなければいけないのかと とりあえず最後まで聞いてみる事にする 「でもこれは眠気を誘う成分が強くてですね」 ここまで来ると飲む
右耳を引っ張ると雨が降って 左耳を引っ張ると雨が止むの 鼻を押すと雷が鳴って ウィンクすると星が流れるんだ 「どう?すごいでしょ?」 目の前にいる片想いの相手は いまいち反応も感動も少なくて でももっと私の魅力を伝えたくて 興味を持って欲しくて でも今日は調子が悪くてどれも機能しないから どの話も信じてくれない彼と 嘘つきのレッテルが貼られた私 そりゃそんな事、私に出来る訳が無いけど 急に二人きりになって空回りしてるのは自覚してる 気を惹くための方便だってわかっている
夏に持ち帰ったひまわりが 冬になってもまだ枯れずに咲いていた それは年を越してもう何年も 無機質の色しかないこの部屋の片隅で まばゆい黄色はひときわ目を惹いて ただそのひまわりは太陽を向く事は無かった まだつき合って間もない彼女を 初めて家に招いた時 彼女はそのひまわりを見て言った 「まるで本物のようですね」と 造花にでも見えたんだろう そりゃこの季節に咲いている方がおかしいのだから 時と共に彼女との関係は親密になり信頼し合い 恋心が愛へと変わった頃 ひまわりの花び
君が欲しがっていた 部屋の天井や壁に星空を投影出来る おもちゃのプラネタリウムを たまたま入った雑貨屋で見つけた 売れ残っていて安くなっていて もうプレゼントする機会などないはずなのに 自分用にと持ち帰り さっそく開けたのはいいものの 電池を入れても動かずに光らずに そんな不良品をつかまされ ただのオブジェと化しながら 部屋の隅でホコリだけが積もって行った 新しい星を見つけて名前をつけたい そんな夢を持っていた君は どんな名前を考えていたんだろう? それからひと月ほ
私はこの世界に同時に二人存在する それは似た人がいるとかそう言う事では無くて 実際に私が二人生きているんだ 例えるなら人の皮を被った二つの人形を 同日同時刻に違う場所で操っている感じ 私は常に二人分の視野が目に映っていて 二人分の動作や会話をこなす 「それは大変だね」 お酒の勢いで喋ったら友達はそう言って おそらく明日には忘れているであろう これまでの苦労や精神的負担の愚痴を語った 普通なら頭がおかしいとしか思われないのだけど だからこそお酒が弱いこの友達は有難い
「 何億光年先まで照らす事の出来る 超協力なライトがあって 何億光年先まで見通す事の出来る 驚異的な視力を持つ男がいて どこか遠く、遥か遠くの銀河の彼方 何億光年先の星の大地に建っている 墓石ほどの石碑を同時に見たら ライトを点けて瞼を開けたら どちらが先に辿り着くのだろうか? そんな勝負が行われた 男が言うには、見た時にはもう 石碑は照らされていたんだと だから自分の負けだと言ったんだ ずっと暗闇が続いていて 何億光年が経ってようやく 小さな四角い石碑が見えたんだっ
ドーナツが大好物な私は 栄養が偏るのも承知の上で 朝昼晩と三食ドーナツ生活を もう何か月も続けていた 友達からは「よく飽きないね」と言われるけど 美味しいし腹持ちもいいし種類も豊富だし なにより自分が満足なのだから仕方がない 小さい頃はドーナツは たまにしか食べられないご褒美で 母が気まぐれに買って来るドーナツを見つけては 学校帰りの私は飛び跳ねて喜んだっけ 口の周りを汚しながらかぶりつく私に母は 「ちゃんと穴まで食べるのよ」 よくそう言われて怒られていたっけ おそら
「ねぇ、見せてもらっていい?」 そう言われて お互いの机をくっつけて 僕の教科書を真ん中に置いた 筆箱も忘れたと言う君は らしくないなと思いながらも 鉛筆を貸して消しゴムを共有する 急に体を寄せて来て 僕のノートを覗き込みながら 「意外と字綺麗なんだね」と言うから 「見るなよ」とノートを腕で隠した 先生が黒板にいろいろと書いている中 今日はやたらとちょっかいを出して来て 見つかって怒られないかとヒヤヒヤものだ 行ったり来たりする消しゴムのカバーを外し 「ここに私の
また知らない世界へと送られた いわゆる並行世界とかパラレルワールドとか その類の物だとは思うのだけど ある事をするとそこへと飛ばされてしまう 僕はそんな特異体質である ただ別の世界に飛ばされたと言っても おそらく0.0001ミリほどしか移動してはいなくて 生活に影響する事は今の所はほとんど無く 周りを見渡して前と変わった所と言えば 水の色がほんのり青くなった事くらいだろうか 毎度移動する度に めんどくさい能力を授かったと自分でも思う 別の世界に行くと、その先では必
駅前から住宅地へと抜ける商店街 角のゲームセンターが 大きな音を響かせてシャッターを閉めた 昼間は人でごった返しているこの場所も さすがに夜遅くともなると人はまばらで 少し別世界にでも来たようなこの空間が好きだ まだお酒が軽く残っていて視界は霞み シャッターの前に一人座り込むと 鞄から出したペットボトルの水を飲んだ たまにその前を通り過ぎて行くのは バイト帰りの学生や、千鳥足のサラリーマン コンビニ帰りのラフな服装の人に 散歩するおじさんなどなど 遠くから轟いて来る
ストロボを浴びる瞬間が好きだ 全身が光に包まれる0コンマ何秒が 私を焼き付けて特別な気分にさせた 小さな個人撮影会の帰り道 今日は頑張ったと自分へのご褒美に ずっと我慢をしていたラーメン屋に入ったら 早くも今日撮ってくれたカメラマンから 数枚の写真が送られて来た 綺麗なスタジオにかわいい衣装 完璧な照明にテンプレートの構図の写真を眺めながら ポーズのバリエーションをもっと増やさないとと 反省しながらお礼の言葉を送る たまに写真が上手な人に撮られると思う事がある あまりに
「 12ページと55ページ 87ページに177ページ 最後のページはどちらでも ここだけ読めば この本の伝えたい事がわかります 私が語りたい事がわかります 理解されるかどうかはわかりません 共感されるかどうかもわかりません ひとつの考えとしてお受け取り下さい 加えて遊びを楽しみたい方は エンターテインメントが好きな方は 全て読むもよし もしくは 凶器は 35ページの2行目 動機は 108ページの12行目 犯人は 211ページの8行目 時間が無い方は ここをどうぞ
電球を見ていた でも見ているのは電球じゃなかった 半分寝ぼけながらのうつろな目で 鳴る前の目覚ましを止める 裸電球が林檎になっていた 少なくともそう見えていた 畳の上の万年床に仰向けのまま まだ夢を見ているのかと目を凝らすけど 余計に霞んで視界はボヤける 薄暗い部屋の中に 赤く艶やかな林檎がひとつ おそらくそこにぶらさがっていた 隣接する大通りを通るダンプカーのせいで アパートごと微かに揺れたそれに あっぷる、と 今日の第一声、何気なく声に出して言ったら 学生の
なんとなく、昔の写真を見返していたら とある映画館の前 当時流行っていた作品のチケットを持って ポスターの前で手元だけ写した二人の写真を見つけた 日付を見るとそれはもう十年前で でもこの時の事ははっきりと覚えているのは 当時付き合っていた彼女との最後のデートだから その人とはそれ以来一度も会っていない 共通の友達もいないから その後も、今何をしているのかも全くわからない お互いに十年ずつ歳を取って 新しいパートナーを見つけて、別れて もしかしたら家族を持って子供もいるか
ドーナツの穴を袋詰めするバイトを始めた 客からは見えないドーナツ屋の端っこで 出来立てのドーナツから穴の部分だけを 取っては詰めて、取っては詰めて 三つ入れたら袋をとじる、そんな仕事 12パックでワンケース、1パック90円 そんな単純作業は嫌いじゃなくて それをしている時の自分は 何からも解き放されて無心になれた 店内に漂う甘い匂いも気にならず お腹が空くのもどこへやら 先の見えない未来からも逃避が出来る ひたすらに手だけは動いてはいるけど 脳はほぼ停止状態で 静かに