二人の私が見た世界
私はこの世界に同時に二人存在する
それは似た人がいるとかそう言う事では無くて
実際に私が二人生きているんだ
例えるなら人の皮を被った二つの人形を
同日同時刻に違う場所で操っている感じ
私は常に二人分の視野が目に映っていて
二人分の動作や会話をこなす
「それは大変だね」
お酒の勢いで喋ったら友達はそう言って
おそらく明日には忘れているであろう
これまでの苦労や精神的負担の愚痴を語った
普通なら頭がおかしいとしか思われないのだけど
だからこそお酒が弱いこの友達は有難い
「うんうん」とトロンとした目をしながら
おそらく理解出来ていないであろう話を聞いてくれる
ちなみに友達はワイン二口でその状態になっていた
私みたいな、そんな人が他にいる訳もないし
いや、言わないだけでいるのかもしれないが
ただこんな体質の私は根が器用なのと
生まれた時から当たり前のように
自分の一部だったのもあって
それなりにトラブルも無くうまく使い分け
それぞれの生活を送っていた
もう一人の私は遠く海外にいるから
寝ている間に違う自分を動かせる事もあって
ただ片方の生活が充実して来ると
もう片方はおろそかになる事も多々あった
ある日私は、もう一人の私に会いに行こうと思い
大きな休みを取って海外にいる自分へと会いに行く
そんな計画を立てていた
行き場所も居る場所ももちろんわかるし
言語だって問題は無い
ただ自分が自分と出会ったら、鉢合わせしたら
どうなってしまうのかは全く想像がつかなかった
SFやドッペルゲンガーみたいに
出会った瞬間二人とも消滅してしまうかもしれない
逆に二人が同化してしまったりするのでは?
なんて思ったり
ヨーロッパの片田舎に住む私は
日本のアニメやマンガの文化に憧れているから
一緒について来ると言ってしまいそうだ
でもきっとそれが
一緒にいるのが一番楽なのだろう
一人が家にいて家事をして食事を作り
もう一人の私は仕事をして生活費を稼ぐ
そうなれば脳の負担はだいぶ緩和されるに違いない
ここだけの話
精神的に参ったり落ち込んでいる時は
片方は死んでくれないかなと思った時もあった
でもそんな勇気は持てなかった
日本でラーメンを食べながら
ヨーロッパの私はパスタを食べる
小さな会社で事務の仕事をしながら
一方で家族の手伝いをして農作業をする
そんな毎日を過ごしている中で
ある時ヨーロッパの私は思わず
日本で得た知識を口走ってしまった
それはその土地では宗教的に禁句な内容だった
現実離れしているどこかの国の話をしながら
誰にも教わっていない言語を操る
よかれと思って、周りを楽しませようと思って
仲の良い友達だけに話したつもりだったのに
小さな村の中ではその話はすぐに広まり
噂は悪い方向へと転換され
いつしか変わった奴だと言われ始め陰口を叩かれ
反論する事も逃げる事も許されぬ中
家族でさえ助ける事も出来なくなって
しまいには魔女だとしたてあげられた
そして私は捕らえられ、閉じ込められた
今の時代にそんな事がまかり通って良いものか
まるで中世の歴史の教科書を見ているようだった
それから数日が経ち、私は一人になった
もう一人の私は完全に消え心の中は空っぽになった
生まれた時から持っていた半分が無くなると
慣れない体や心の操り方に
その方が適応するのに苦労をした
ようやく一人の自分に慣れた頃
もう一人の私が生きた村の事を調べる事にした
ニュースや事件にでもなっていないかと期待した
でもなかなか見つけられずに辿り着いたのは
それこそ教科書にあるような古い記事だった
よく知る生まれ育った村の写真が載っていて
それは魔女狩りの残酷さをまとめた物だった
今の私が生まれるずっと前の、百年ほど前の出来事
その何枚かある写真やイラストの中に、私を見た
私は確実に同時に二人存在していた
でも同じ時代では無かったらしい
違う時間軸を同時に生きていたんだと初めて知った
来月私はそこに訪れるつもりだ
もちろん、そこにはもう私はいないけれど
日本が好きだったもう一人の自分に
線香の一本でもあげて来ようかと思う
彼女は過去にいながら未来を生きていたんだ
遠い未来を、夢を語った
そんな、珍しいタイプの魔女だった