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金曜日の小夜曲

駅前から住宅地へと抜ける商店街

角のゲームセンターが
大きな音を響かせてシャッターを閉めた

昼間は人でごった返しているこの場所も
さすがに夜遅くともなると人はまばらで
少し別世界にでも来たようなこの空間が好きだ

まだお酒が軽く残っていて視界は霞み
シャッターの前に一人座り込むと
鞄から出したペットボトルの水を飲んだ

たまにその前を通り過ぎて行くのは
バイト帰りの学生や、千鳥足のサラリーマン
コンビニ帰りのラフな服装の人に
散歩するおじさんなどなど

遠くから轟いて来るバイクの音が少し怖くて
ただ立とうとするとまだ少しふらついて
ステンドガラスで出来たアーチ状の天井を見上げた

何年か前はここでギターを弾いていた人がいたっけ?
あの人は今は何をしているのか
夢を捨てて普通に働いているのだろうか?

歌声が綺麗で何度か立ち止まって聴いていたっけ

夢なんて持つ事の無かった私にとって
そう言う人は羨ましくて応援したくなって
顔も憶えてくれて挨拶もする仲になったのに
いつからかぱったりと見なくなった

何者でもない社会の歯車のひとつとして
私は自らその流れに乗って今に至る
別に不幸だとは思わないしそれなりに満足な生活
でも退屈な人間だとは自分でも思う

そんな私もいくつか恋もした
本気で好きだったのかは今でもわからない

相手から告白をされて相手から別れを告げられる
どこか冷めている私の心を見透かされ
みんな愛想をつかして去って行く
だから本当の好きと言う感情が今でもわからない

大き目のジャージを色違いで着たカップルが
目の前を仲良さげに通り過ぎた

端っこで丸くなって座っている私など
おそらく視界の隅にも入っていないんだろう

その光景に、いいなとは思っても
それは、いいなを切り取った場面としか思えなくて
商店街を抜けたら喧嘩をするかもしれないし
どちらかは浮気進行中かもしれない
表に見せていないだけでお互い不満だらけかも

ただパッと見は幸せそうなカップルで
そんな障壁をグッとこらえて乗り越えるのが
大人の恋、だなんて思ってはみたものの
私にそんな高等技術は持ち合わせてなさそうだ

さっきから鞄の底のスマホが振動していて
見ると今私に想いを寄せてくれている人からだった

同じ職場の、体の大きな優しい人だった

「何してる?」って聞くから
「佇んでる」って答えた

彼は奥手だから言いたい言葉も素直に出せずにいる

仕事中はそうでもないけれど
私に対してだけ会話がぎこちなかったりする
だから気持ちがわかりやすかった
そして恋愛経験が少ないのはすぐにわかった

私も「何してる?」と聞くと
彼は「正座してる」と答えるから

その返しについ笑ってしまって
小さな座布団の上にちょこんと座るクマを想像した

今日の飲み会の話を少しして
会話が続かなくなって沈黙になる

相手は必至に何か言葉を絞り出そうとしているけど
私はその無の時間も特に苦では無かった

「麻婆豆腐が食べたいな」
なんとなく目に入った中華屋の看板を見てそう呟いた

すると彼は
「今度、一緒に食べに行こうか?」
と、彼にしては思い切った誘いの言葉を放つ

いつもなら、別にご飯だけだし
「いいよ」と即答している所だけど

きっとお酒のせいだろう、そう言う事にしておこう

「今食べたいな」
と甘えた声でわがままを言ってみた

少し前の私なら、他の人にこんな事
嫌われたくなくて言えずに我慢していたのに
今は何故か彼がどんな反応をするのか知りたくなった

「今から?」と彼
「じゃあ、私が作るからうちに来る?」と私

奥に潜んでいた小悪魔な私が顔を出すと
スマホ越しに彼の戸惑う様子が見てとれた
きっと困惑してあわてふためいて
思考が追い付かない状態だろう

「嘘、今度食べに行こうか」
「だよね、もう遅いし電車もないしね」

ちょっと安心したような声に
小悪魔が追い打ちをかける

「えー、なんとかしても来てくれないんだ?」
「いや、タクシー捕まえればいけない事も…」


期待を裏切らない反応に笑い声が漏れてしまい
そろそろ解放してあげようと

「今何か期待したでしょ?」と突っぱねた

「え、何も、そんな、…いやごめん」

何故か謝る彼が素直に可愛いと思った
星座をしながら謝るクマを想像した

「でも私の得意料理なんだよ」

「そうなんだ、料理も出来るんだね」
「食べたらほっぺた落ちちゃうから気を付けてね」

「その時はほっぺも料理してよ」
「シンプルに焼いて塩で食べるか」
「ほっぺたはソテーが合うらしいよ」

ほっぺたをソテーにする
似たような話を最近読んだ気がした
意外と趣味がかぶるのかもしれないと思った

バイクの音が裏の方で賑やかになって来て
「外なの?気を付けて」と心配する彼に
「うん、バイク乗り回してるとこ」とまた嘘をつく

ちなみに彼は私が免許を持ってない事は知っていた

「じゃあ安全運転でね」と言う彼に
「うーん、お酒入ってるから手遅れだね」と
エンジン音の声真似をしたら
予想外に下手すぎて笑ってしまい彼もつられて笑う

わがままが、イタズラが、奥底の小悪魔が
クセにならないよう注意しながら

少し前に進んでみてもいいかなと思い始めていた


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へびのあしあと
カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。