石神井公園 2024.04.30

画像1 私たちの生活は言葉とともにあり、そのつどの表現と対話の場としてある。 言葉を雑に扱わず、自分の言葉に責任をもつこと。 言葉の使用を規格化やお約束、常套句などに完全に委ねてはならないこと。 これらのことが重要なのは、言葉が平板化し、表現と対話の場が形骸化し、私たちの生活が空虚なものになること──ひいては、私たちが自分自身を見失うこと──を防ぐためだ。 ー古田徹也 著『いつもの言葉を哲学する』(朝日新書)よりー

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