【連載小説】平々凡々な会社員が女子高生に!? vol.06 「パエリア」
しばらく部屋で休んでいると、母がまたやってきた。
「やっぱり……精神科、行ってみない?」
「行かない。病気じゃないし」
「でも、このまま記憶が戻らないと……」
「母ちゃん言ったじゃん、一からやり直すってさ」
「か、母ちゃん……」
俺の呼び方に相当がっくりきたらしい。
「俺は別に病気とかじゃねーし、このまま前に進んでくなら、それでいいからさ」
「お、俺……」
またショックを与えたらしい。
「とにかく、その口の悪いのからなんとかしていきましょ」
「口が悪い……?」
「そう、女の子なんだから、女の子らしくしゃべらないと」
ちっ、そんな細かいこと気にしてられるか! こっちは前世からいきなり現世に飛ばされて、ただでさえ混乱しているというのに、言葉遣いなんか気にしてられるか!
……と思ったが、母が思いの外思い詰めた顔をしていたので、冷静に練習することにした。
「まず、俺、じゃなくて私、でしょ」
「あぁ、うん……私、ね、私……」
「母ちゃん、じゃなくて、お母さん、またはママ」
「それはお母さん、のほうがいいかな……」
「そぅお?こないだまでママって呼んでたんだけど、まあ、いいわ。一つ大人になったと思えば」
「でも、お……私、まだ自分のことを俺って言いそうだ」
「ゆっくり慣れていけばいいのよ」
そこまで言うと、母は立ち上がって言った。
「今日はお休みだし、せっかくだから、手の込んだ料理にしようかな。ユウ、あんたパエリア好きだったでしょう?パエリアにしよっか」
俺はパエリアなんてハイカラなものを食ったことはなかったが、その場は母に任せることにした。
「じゃあ、ユウ、買い物付き合ってね。制服から着替えてきなさい」
そうだった。朝一番で病院に行ったから、まだ制服のままだった。
「はーい!ちょっと待ってて」
俺はまたパーカーにジーンズ姿になると、母の車に乗り込んだ。
「パエリアの材料だからね……隣町まで行かないと」
「お母さん、パエリアってどんな食べ物?」
「ん?お米を野菜とか魚介類とサフランで炒めた美味しいご飯よ」
「サフラン?」
「スパイスの一種よ」
「ふぅん……」
そんな話をしているうちに、隣町のスーパーへたどり着いた。
「まずはムール貝……」
普通のスーパーには置いていないものを、ここでは扱っているらしい。
「エビに……」
母は楽しそうに買い物を進めていく。
とてもじゃないが、前世の俺には手がでない値段だ。
ユウんちは意外と裕福なのかな?
「はい、これで買い物おしまいっと」
最後にサフランをかごに入れた母が言う。
「お会計7千800円になります」
母は一万円札を出すと、こちらを向いてペロッと舌を出した。
マイバッグに詰めながら母は言う。
「ちょっと奮発しすぎちゃったかも」
だろうね、と俺は思う。
そういや、前世で勝った14万円はどうなったかな……いまとなっては知るよしもない。
家に帰ると早速料理の手伝いにかかる。俺はサラダ担当だ。洗ってちぎって乗せるだけの簡単なお仕事です。
……が、そうではなかった。
母から
「もっと彩りよく作りなさいよ」
と言われ、手直しをされた。生ハムを上に乗せながら、俺は俺なりのセンスでやったんだ!と自分に言い訳する。どうせ腹に入れば一緒だろ?
夕飯が出来上がった。するとユキノが帰ってきた。
「わぁ、いい匂い! ね、ね、今日は何?」
「それは後でのお楽しみ♪」
俺は言われた通りに食卓を拭きあげた。
しかし、それすらもなっていない、と一喝される。
女子力、磨かなきゃな……俺はずっしりとしたプレッシャーを感じた。
俺、このままちゃんと生きていけるのかなぁ……