📖夏目漱石『夢十夜』第三夜

第三夜は盲目の青坊主あおぼうずを背負う話である。語り手主人公？にとっては気味が悪くて仕方ない。語り手は青坊主を背負ったまま、森の中を歩いていく。森の闇の中、ある杉の木の方へと歩いていく。石標は赤い字で行き先を示している。第三夜は『夢十夜』でも屈指の怖さを誇るのではないか。

なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左り日ひヶ窪くぼ、右堀田原ほったはらとある。闇だのに赤い字が明らかに見えた。赤い字は井守いもりの腹のような色であった。
――『夢十夜』第三夜　青空文庫

「ちょうど100年前（文化五年辰年）に、語り手が件くだんの青坊主を殺した」旨むねが物語の最後で明かされる。文化五年辰年は、西暦1808年に重なる。つまり、第三夜は、1908年の出来事、日露戦争が終わって間もないころの話なのだ。

結末もまた味わい深い。現代人には及びもつかぬ渋味である。

「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」
　自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然こつぜんとして頭の中に起った。おれは人殺ひとごろしであったんだなと始めて気がついた途端とたんに、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。
――『夢十夜』第三夜　青空文庫

「背中の子が急に石地蔵のように重くなった。」というのが、読者を戦慄へと叩き込む。語り手が背負っていた曖昧な罪悪感がくっきりとすると同時に、それがまた読者にも乗り移ってくる。この文言を目にした際に、私は恐怖を禁じえなかった。ぜひ鏡をご覧になってほしい。我々の背中にもまた青坊主が憑りついているのだ。

青坊主あおぼうずの詳細

さて、青坊主の正体について私も一通り調べてみたのだが、これがまたよく判わからない。青坊主自体が諸説ある妖怪らしく、捉えどころのない存在である。つまり、”青坊主”自体から、本作における青坊主の正体を探っていくのは難儀しそうだ。

そこで、青坊主の特徴を本文中から拾いつつ、それを箇条書きにして纏まとめてみたい。まずは該当箇所をご覧いただこう。

　六つになる子供を負おぶってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰つぶれて、青坊主になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人である。しかも対等だ。
――『夢十夜』第三夜　青空文庫

これは第三夜の冒頭の段落である。既に多くの情報が落ちている。これを箇条書きにして拾ってみよう。

○　青坊主は６歳（数え年の可能性も考慮すべし）。
○　語り手は青坊主を自分の子だと認識している。
○　眼が潰れている。盲目。
○　盲目なのは生まれつきか？、と予想される。
○　言葉遣いや受け答えは大人そのもの。

１．青坊主は６歳か？（数え年かは解らない）
最初に、青坊主は６歳らしい。が、江戸後期の生まれであることを鑑みて、数え年の可能性を考慮すべきだろう。たとえば、青坊主を実際の人物と照らし合わせようとする場合、数え年を考慮する必要が出てくる。

２．語り手は青坊主を息子だと認知している。
次に、語り手は青坊主を息子だと認知している。しかし、本当に自分の子なのか？　まずもって、語り手よりも先に青坊主が生まれているのだから、「青坊主が語り手の実の子」ということはあり得ない。何らかのメタファーとしての子どもだろう。では何のメタファーだろう？　思想か、哲学か、時代の精神か？　抽象的なものを青坊主として表現しているのかもしれない。

３．青坊主は盲目である（本人も自覚している。）
さらに気になるのは、青坊主が盲目であることだ。彼の盲目は、「眼が潰れている」ことから、他人の眼からも判別できるらしい。一方で、自分でも「なに、昔からさ」と発言していることから、青坊主も自身の盲目を自覚しているようだ。つまり、状況が見えないはずの存在でありながら、実は的確に状況を眺めている。ここで読者は青坊主の油断ならない存在感を思い知ることになるのだ。

４．青坊主の盲目は生まれつき？
出生そのものが人生の一大事かもしれないが、少なくとも何かしらの事件によって盲目になったわけではないらしい。元々なのだ。本作に登場する「青坊主」本来の性質として、盲目であるようだ。だが、「盲目であること自体が何を意味しているのか？」についてはわからずじまいである。一体、何が見えないのだろうか？　あるいは、見えすぎているのかもしれない。

５．言葉遣いや受け答えは大人びている
６歳児でありながら、青坊主をここまで理知的にみせているのは、機知に富んだ会話のおかげだろうか。年上や親にも遠慮しない話しぶりから、青坊主は座敷童ざしきわらしのような存在ではないのか？、と読者に予感させる。だがしかし、一体どのような民間伝承が源泉にあるのか？　青坊主について諸説ある中、これが中々絞り込めない。

むすびに

青坊主の正体を色々と考えてみたのだが、どうにもしっくりくるものが見つからない。漢学者か、思想家か、高僧か？　朱子学や武士道そのもののメタファーになっているのか？　色んな候補を考えてみたが、どれにも当てはまらないように感じる。私もまだまだである。