名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)03
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名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)01
名刺代わりの小説100選・2024年版(コメンタリー)02
2023年も色んなSF小説を読みました。特にSF御三家(星新一・小松左京・筒井康隆)以外の第一世代作家の小説を読めたのは大きな収穫だったように思います。特に面白かったのは光瀬龍『百億の昼と千億の夜』/広瀬正『マイナス・ゼロ』の2作です。
『百億の昼と千億の夜』を解説するのは難しいですね……。強いて言えば、熱的死という宇宙の運命と絶対者に抗う話ということになるでしょうか。人類の見えざるところでは阿修羅王と帝釈天の戦いが果てしなく続いていて、人類史にもその戦争が絡んできます。プラトン・釈迦・ナザレのイエスといった偉人はそうした勢力の使者として現れます。水面下での戦争と人類史、さらにはアトランティス大陸やオリハルコンといった伝説と結びつきながら、各々の要素が固まって一つの壮大な絵巻物が完成する。そういった作品でした。
『マイナス・ゼロ』は、いわゆるタイムトラベル物のSF小説。なのですが、小難しい話はそんなになく、戦前の銀座の風景描写に筆が割かれていて、そういった懐かしい雰囲気を楽しむお洒落な作品になっています。SF小説の入門書として、よく星新一のショート・ショートや筒井康隆の『時をかける少女』、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』が挙がりますが、本作もSF入門にうってつけであるように感じました。
去年は半村良や眉村卓の作品も味見したのですが、あまり良さを掴めませんでした。とはいえ代表作になるだろう『石の血脈』(半村良)や『迷宮物語』(眉村卓)は未読でして、そういった小説を読めばまた印象は変わるかもしれません。
読んでいて最も驚いたのは、長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』でした。本作はコンテンポラリー・ダンスにおける人間とロボットの協調を描いた作品です。主人公は壮年のダンサーなのですが、交通事故でAI制御の義足をつけることになりました。凶事はこれだけに留まらず、同じくダンサーであった自身の父親も交通事故で重傷となり、さらには認知症も発症してしまいます。身体性に意識を置いた描写もさることながら、介護というテーマにも目を配っていて、SF小説はここまで書けるようになったのかと感心した作品でした。
自分は終末世界が好きなせいか、そういったものを3作も選んでしまいました。J.G. バラード『旱魃世界』/D. マークソン『ウィトゲンシュタインの愛人』/キム・チョヨプ『地球の果ての温室で』の3作です。ここでは前の2作を取り上げることにしましょう。
『旱魃世界』は、同作者による『沈んだ世界』や『結晶世界』と合わせて破滅三部作と称されています。湖が干上がって、やがては塩の大地になってしまうという風景の変遷は、人間にとって情け容赦なく、本当に好きでした。
『ウィトゲンシュタインの愛人』は別にSFというわけでもないのですが、終末世界で一人タイプライターを打ち続ける女性の話だったので、このリストの中に入れてみました。ただこの女性の主人公は、ひどく記憶が曖昧で、時には嘘をつくこともあります。タイトルの「ウィトゲンシュタインの愛人」も、もちろん嘘。ウィトゲンシュタインに愛人はいませんでした。(少なくともその存在は確認されていないはず。)とはいえ、誰とも会話できない彼女にはそれを確かめる術もないのですが。
最後にマーガレット・アトウッド『侍女の物語』について。女性が男性の所有物となって代理出産などをさせられるディストピアを舞台にした小説ということもあり、センセーショナルな内容や現実に対する予言性ばかりがフォーカスされます。そのため、アトウッドの文章の巧みさというものは中々注目されません。が、アトウッドの文章は、段落ごとにエピソードや個々人の心理描写をまとめているので、本当に読みやすい。(日本の小説だと改行ばかりで、どこで一息つけばよいのかわからないことが多いのです……。)そういった点にも注目しつつ読んでいただきたいです。
【続】