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中島敦『李陵』を読む

李陵りりょう』は中島敦の死後、1943年の『文學界ぶんがくかい』に掲載されました。つまり戦時下に書かれた作品ということになります。

もちろん、周辺情報を抜きにして作品を読んでいくことも大事です。ですが、今回の記事では、「本作が戦時下に書かれた」という点を強調しておきたいと思います。

『李陵』の中心人物

作品の時代背景と中心人物

時代は前漢の衰えるころ。武帝の治世でございました。当時の前漢は匈奴きょうどという遊牧民の侵入に悩まされていました。匈奴討伐は国家の維持に不可欠でした。

これが『李陵』の時代背景です。

本作の中心人物は3人、李陵りりょう蘇武そぶ司馬遷しばせんです。

李陵のストーリー

李陵りりょうは漢の軍人でした。武帝に匈奴の討伐を命令されます。そこで匈奴と善戦するのですが、結局は降伏。一報を受けた武帝は激怒して、李陵の妻子を処刑してしまいました。他の臣下も彼を激しく非難します。

こうして李陵は匈奴に寝返ることになりました。当初は匈奴側のリーダーである単于ぜんうを誅殺しようと目論んでいました。武帝には冷遇された一方、単于にはかえって気に入られたようです。

戦争はまだまだ続きます。漢は李陵の次に蘇武そぶを送り込みますが、苦戦します。そんな蘇武に李陵は降伏を促しましたが、蘇武は拒否しました。自刃の構えを見せ、祖国への忠誠を示したのです。

蘇武と別れた後でも、彼の祖国に対する忠誠心は魚の小骨のように引っかかりました。自分は漢に妻子を処されているとはいえ、拭いがたい何かがあったのではないか。自分の選択は正しかったのか。李陵は悩みます。

これ以降の記録はありません。おおかた匈奴に残ったのだろうと思います。しかし匈奴も家督争いや内紛に絶えないはず。苦労の多い人生だったのかもしれません。

蘇武のストーリー

任伯年『蘇武牧羊図』

李陵が降伏した後、匈奴討伐へ送られたのが蘇武そぶでした。善戦した李陵と異なり、蘇武は苦戦します。しまいには李陵に降伏を促されてしまいました。ですが蘇武は降伏勧告を拒みます。自刃の構えを見せて、祖国への忠誠を示したのです。そのお陰か蘇武は漢への帰国が叶いました。英雄として祖国に帰れたのです。

司馬遷のストーリー

司馬遷

司馬遷しばせんといえば、かの有名な『史記』の作者です。しかしこの頃は無名でした。李陵に厳罰を下そうとする武帝に対して、唯一やめさせようと説得したのですが失敗。司馬遷自身も宮刑を処されました。ですがその後は歴史書の執筆に励み、『史記』の著者として現代でも名を残すことになります。

戦時下の人生

艱難辛苦かんなんしんくの絶えない虜囚りょしゅうとなるか。一英雄として国家に殉じるか。刑罰を科されようとも書き続けるか。

戦時下の小説家にとって、三人の運命はとてもリアルな問題だったのだろうと感じます。

”いつ徴兵されるかもわからない。いつか捕虜になるかもしれない。あるいはたおれることになるかもしれない。小説家としての自分を貫けば、非国民と言われるかもしれない。場合によっては捕まってしまうかもしれない。”

平和な時代を生きてきた私たちは、本作を中国古典のリメイクとして無邪気に読んでしまいます。戦争はどうしても他人事になってしまうからです。しかしながら本作の執筆背景を考えてみると、著者の抱えていた不安や覚悟が行間から汲み取れるような気がします。

浅い感想かもしれませんが、自分の感じたことをまとめてみました。

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水石鉄二(みずいし)
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