【ヒモ男シリーズ】ヒモ男のとある1日
8:00
アラームで爽やかにお目覚めだぜ。9時にデイ子の家に行くため、シャワーを浴び、ゼリー飲料とプロテインを胃袋に詰め込むぜ。
9:00
バイクで湾岸エリアにある高層マンションの最上階に住むデイ子の家にやって来たぜ。旦那が海外に赴任中で、双子の子どもたちが小学校に行っている間に、時間が許す限り楽しむんだぜ。昼はデイ子の頼んだフードデリバリーのステーキ弁当で、ひと仕事終えた体に活を入れるぜ。
13:30
デイ子の家を出て、夕方から入っている次の仕事まで、新橋にあるサウナで時間を潰すぜ。洗い場で隣り合った、顔がゴツゴツして眉毛に古い刀痕のあるおっさんが、俺のイチモツに目をとめて、驚いた表情で見つめてきたぜ。湯に浸かったりサウナに入っているときにも時々チラと視線を送ってきて、なんだか落ち着かなかったぜ。
風呂から出て、休憩室で女たちと連絡を取り合いながらスケジュールを組んでいると、さっきのおっさんがドスドスと俺に向かって歩いて来たぜ。何事かと身構えたてたら、俺の目の前にすっとフルーツ牛乳を差し出したぜ。「あんちゃん、いいもん見せてもらったよ」と言ってニカっと笑ったので、「あ……あざす」と答え、ありがたく受け取ったぜ。おっさんはそのまま去って行ったぜ。子どものとき以来のフルーツ牛乳は、なかなか美味だったぜ。
16:30
サウナを出て、下町にあるダブリュ子の家へバイクで向かう途中、信号待ちの交差点で、歩道のゴミ拾いをしていた女子高生たちを眺めていたら、しゅうっと風が吹いて来て、メガネの大人しそうな子のスカートがぺろりとまくれたぜ。顔に似合わず、絹のような光沢を持つ妙にエロい薄ピンクのパンティが一瞬見えたぜ。その子は真っ赤な顔をして、ヘルメットからのぞく俺の目をしばらく見つめてから、きゃあーっと女子高生らしいピチピチとした叫び声を上げ、友達の元へ走り去って行ったぜ。俺が呆気に取られていると、信号はまた赤に戻っちまったぜ。
17:00
ダブリュ子の家に到着すると、茶を振る舞われたあと、衣替えのために、タンスの上から葛籠を6荷下ろすよう指示されたぜ。ダブリュ子が最近はまっている蕎麦打ちをしている間、言いつけに従い、スーパーやホームセンターへの買い出しに出かけたぜ。戻って来ると、天ぷらを揚げるいい匂いがして、そのまま夕食になったぜ。
小さな相撲部屋の女将をしていたダブリュ子は、夫に先立たれ、部屋も消滅し、70を過ぎて独り寂しく暮らしていたところを、風の噂で俺のことを耳にして、便利屋的に使ってるんだぜ。月に2回は顔を出してるぜ。金は毎月決まった額を振り込んでくれるぜ。そのほか、行く度にチップを弾んでくれるんだぜ。通い始めて1年は経ったぜ。
「電車で来いって言ったのに、またバイクで来るんだから、お酒も出せないじゃないか。これじゃあ、色気もなにもあったもんじゃないよ」
「酒よりバイク運転してる方が好きなんだよ」
「全く、風流じゃないね。それより、夢は見つかったかい?」
「うーん……いや、なにも」
「いつまでも若いままじゃいられないんだから、そろそろ堅気になりなよ。お前さんがその気になりゃあ、いろいろ世話してやれるんだけどねえ」
「遠慮しとくよ」
「取っ替え引っ替えしてたら、体にも悪いだろう? 恨みも買うだろうしね。お前さんが本気でなにか始めようと思って足場を固めるんなら、ここに住んでいいんだからね」
そんな気はさらさらないが、心に響いてるぜっていう体を装い、ゆっくりと何度か頷いてみせたぜ。
去り際、俺がバイクにまたがると、
「これからいい季節になるんだから、次こそは電車で来るんだよ。そうだ、バイクで来ても泊まって行けばいいんだよ。そしたらゆっくりできるだろ。薪でお風呂を焚いてあげるよ」
と念を押されたぜ。とんだ世話焼きばあさんに引っかかっちまったが、蕎麦は美味いし払いがいいので、来ない理由がないんだぜ。
23:00
家に帰ってから、近所のバーに入ったぜ。俺がカウンターで飲んでいると、奥のテーブル席に若くて可愛い女がひとりでいるのが見えたぜ。大分落ち込んでいるようだぜ。そちらを気にしながら時間を潰していると、女はふらふらとして支払いを済ませ、店を出たぜ。俺もなるべく自然に会計し、女の後を追ったぜ。店を出ると、女が道端で座り込んでいるぜ。
「大丈夫?」
俺がしゃがんで声をかけると、女は目をつむったまま頷いたぜ。
「俺ん家近いから、休んでっていいよ」
女はギロリと俺をにらんでから、頼りなく立ち上がって歩き出したぜ。だがやはり足元が覚束ないので、倒れそうになったところを、俺がさっと駆けて行って支えたぜ。
「無理だよ。何もしないから来なよ」
女は観念して俺に寄りかかりながら、なんとか一緒に家までたどり着いたぜ。女に水を飲ませてからベッドに連れて行くと、すぐに眠りに落ちたようだぜ。俺はソファで酒を飲み、スマホでネットサーフィンしてたら意識を失い、気がついたときには早朝だったぜ。女は変わらず寝ているぜ。俺がシャワーから出ると、女がベッドの上に座っていて、怪訝な顔つきで俺を食い入るように見つめたぜ。
「誰? ここどこ?」
「昨日バーで会って、あんたがへべれけで帰れないから連れて来た」
「あのお店から近いの?」
「そう」
「私たち、何かした?」
「いや、なんも」
俺はペットボトルの水を2本持って来て、女にひとつ渡したぜ。
「ありがとう……お手洗い借りていい?」
「うん、あっちの玄関の近くだよ」
女は俺から逃げるようにささっと移動したぜ。なんの脈もなさそうだぜ。戻って来ると、水を飲んでから、
「帰るね、ありがとう」
と言いながら急いで身支度をして出て行こうとしたので、
「送ろうか?」
と後ろから声をかけたぜ。
「スマホあるから平気。泊めてくれてありがとう」
と言い残し、俺の顔も見ずに帰ったぜ。なんだかぽかんとしちまったぜ。世の中には忙しい女もいるんだぜ。そのときふと、『取っ替え引っ替えしてたら、体にも悪いだろう?』というダブリュ子の言葉が脳裏をよぎったぜ。『夢は見つかったかい?』『そろそろ堅気になりなよ』……これからもこんな言葉に気を取られるのか……? 今の女をみすみす帰らせたのもそのせいなのか……? いやいやいや、あの頑なな態度では手を出す隙がなかっただけだと自分を納得させ、ダブリュ子の言葉とともに、俺の根底が揺らぐような漠然とした不安を振り払ったぜ。
(了)