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嬉しいほうれん草

中学、高校生のころから日本語クラスに通ってくれている学生さんたちがいる。彼らは今や大学生や社会人だ。

 
昨年秋、二名の学生さんが大学に入学した。
二人とも地元を離れ、寮やアパートで暮らしている。
余談だが、私はこのうちの一名の学生が入った大学に電車で通っている。距離感からして通うものではないとスペイン人は考えるのだろうか。大学の先生たち含め大抵の人は私のことをどうかしていると思っている。
 

さて、学生さんたちの話に戻る。
皆さん、授業や仕事で忙しいだろうに、クラスに毎週来てくれている(彼らのクラスはオンラインで継続中)。地元を離れ、それぞれの場所、地域で奮闘する学生さんたちは私の自慢であり、そんな彼らにいつもたくさんのエネルギーをもらっている。

 
先日、大学生になった前述の二人がスクリーンの向こうでもぞもぞしていた。
 
どうしたのかと聞く。
 
 
ほうれん草です!
 
顔を赤らめて緑の野菜の名前を連呼する二人を前にし、私は頭がついていかない。
 
 
約束を覚えていますか?
 
そう言って、彼女たちが教えてくれた話。
簡単に言うと、次のようなものだった。
 
二人ともちょっと前にボーイフレンドができた。
 
 
 
それはめでたい。
しかし、野菜と何の関係があるのだ。

 
遡ること数年。
彼女たちが中学生のとき、初めての恋人ができたら唐草に絶対知らせるから!と言った。どうやら、それを覚えていたようだ。
 
 
そして、ほうれん草とは、なんのことはない。
 
ほう 報告
れん 連絡
そう 相談
 

報告、連絡、相談の報・連・相だった。
 

 
そういえば、それぞれの言葉の導入時に、ちょっと古いが「ほうれんそう」で覚えたらおもしろいかもと話した記憶がある。
令和の今でも使うかわからないけど、という前置きとともに。
 
私の昭和語彙を覚えていてくれたのか。ちょっと感動する。同時に、彼女たちがいつの日か日本で「何それ意味わかんない、だっさ」と言われるかもしれないことを想像し、昭和語彙を広めた自分をちょっと反省する。
 
 
クラスにはほかの学生さんもいるから恥ずかしくて。
 
そう言う彼女たちは、たまたま二人だけ早くログインした日を狙って私に「報告」することにしたようだ。
 
 
そんなわけで、とっても嬉しいほうれん草の話だった。
 
そして、ほうれん草の「相」の話もついてきた。
 
一人の学生さんは、日本語の試験で隣の席に座っていた男性に電話番号を渡されたらしい。


試験中なのにずいぶんと余裕じゃないか。
しかし、もしかすると、チャンスの神様だけでなく、恋というものにも前髪しかないのかもしれない。 
そして、電話番号を手書きするというなかなか昭和的な手法になんともいえない懐かしさを覚える。

ともかく、解答用紙かメモ用紙の余白をちぎって自分の電話番号をメモしたその男性は、目配せとともにその紙をスライドさせてきたとか。
 
パニックに陥った彼女だが、一旦何ごともなかったかのように試験に集中することにしたらしい。
 
試験後、電話番号の書かれた紙を渡されそうになったため、うふふと笑って帰ってきたという。

 
その対応でよかったですか!
 
そう聞かれた私は称賛の目で彼女を見つめた。
 
電話番号の書かれた紙を受け取る、受け取らないの二つの選択肢以外に、微笑みを残して去るだなんて、もはや上級者じゃないか!
 
そのころには既にログインをしていたほかの学生さんたちも混ざり、皆興奮して話し出した。
 
 
それでこそ我が友!と彼女を褒める人
 
マードレミーア!と叫ぶ人
 
なんて言ったらわかんないやと、状況を想像してひたすら照れる人
 
二人に恋人ができたこともこのころには公になり、スクリーンの向こうは大騒ぎとなった。
 
それぞれの馴れ初めを日本語で詳しく教えてくれる彼女たちの話を聞きながら、私は彼女たちの指先に塗られた鮮やかな赤色がまぶしかった。
 
ああ、皆さん!
そんな風に叫んで、一人一人を抱き締めてまわりたい気持ちでいっぱいになった。年明けから暑苦しい私がいる。
 
 
今度紹介するから、相手として合格かそうでないか見極めてくれますか。
 
そのような責任は私にはとれそうにない。しかし、あなたたちが選んだパートナーだもの。ひとまず合格に決まってるじゃないか!
 
そう答えた。

 
ああ、青春!
 
 
彼らと一緒にコーヒーを飲む日を楽しみに、そしてちょっとどきどきしながら待とうと思う。
 
 
そして、昭和恋しい私は思う。
ほうれんそうは令和でも使うのだろうか。


トップの写真は、本日購入した野菜たち。元気をもらう色。
皆さまもあたたかくしてよき週末をお過ごしください!


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