質問003:サーブがゲームになると入らない
〜12月22日 14:00
回答
▶練習と試合は「別物」だから
このような問題を解決するときにしばしば、「練習から試合のつもりで、緊張感を持って打て」と言われるスポーツ指導があります。
だけどこれは、かなり難しい。
練習はやはり、試合ほど緊張しませんし、緊張できません。
また試合を練習のつもりでやるというのも、無理筋でしょう。
練習と試合は別物だからです。
やはり試合は、練習のときほどリラックスできない。
それができれば、一流のアスリートが大舞台で過緊張のあまり実力を出せなくなる、スポーツの醍醐味である「緊張感」がなくなります。
▶ノボトナの涙
思い出されるのが、1993年ウインブルドン女子シングルス決勝のシュテフィ・グラフ対ヤナ・ノボトナの一戦。
最終第3セットで女王グラフを4-1まで追い詰めながらも、優勝を意識し始めたノボトナのプレーには明らかに緊張感が見て取れました。
ミスを連発。
プロであっても勝ちビビる。
グラフに5ゲーム連取を許します。
大逆転負けを喫したノボトナはケント公爵夫人キャサリン妃の肩を借り、涙し、慰められました。
その後、1997年の決勝でマルチナ・ヒンギスに敗れた翌1998年、三度目の正直でナタリー・トージアにストレート勝利し、悲願のタイトルを手中に収めたのでしたね。
そのノボトナも、もういません。
ですから私たちは、いつまでテニスができるか分からないのだから、出たい試合があれば、やりたい何かがあれば、今すぐやるのです。
「先取り」すれば、今すぐ幸せをすることができます。
▶できるのは「集中」
試合では、練習のようにリラックスできないし、練習では、試合のように緊張できません。
だけど、「集中」はできます。
練習のときも試合のときも、同じような緊張はできないとしても、まったく同じとはいかなくとも、集中はできるのです。
集中状態に入れば、練習と試合との境界線が薄れ、残るは「ただサーブを打つ」という動作を機械的に遂行するのみです。
▶入れようとすると、入らない
「入れたい」「ダブったらどうしよう」「相手のリターンが怖い」など、言葉にならないまでも抽象的なイメージとしてこれらの雑念が、試合慣れしていなければ試合になると、湧きやすくなります。
ですから「いれなくちゃいけない!って考えすぎるせいでしょうか・・・?」という推測は、ご明察です。
集中することで雑念のざわつきが沈まれば、頭の中はクリアになり、打球タイミングやラケット面の真ん中で捕える精度が上がる結果として、試合でも、プレッシャーが比較的落ち着いている練習と同じように、入るようになります。
▶緊張は悪くない
ただし、緊張やプレッシャーが悪いなどと、ジャッジメントされませんように。
緊張するから、手のひらに汗がにじんでグリップ力が高まったり、心拍数が高まってダイナミックに動ける体になれたりします。
体の反応は実に精緻です。
ですからリラックスしすぎても、集中状態には入りにくいのです。
プレッシャーとリラックスがハイバランスされたその暁に、究極の集中状態である「ゾーン」「フロー」があります。
その釣り合いはまるで、やじろべえ。
ここから先は
11月22日 14:00 〜 12月22日 14:00
スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero