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家庭医のヒヨコ、療養する

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2020年8月に内因性うつ病と診断され、調子良く回復かと思いきや復職を1回失敗しました。せっかくなので自らの療養の記録を残そうと考え執筆しています。
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記事一覧

一生の付き合い

一生の付き合い

*うつ病に関する記事では、いち患者として自身の経験や感情のみを記しております。読者の方の病状や診療方針に対する提言は行っておりません。

【これまでのあらすじ】
2020年、医師5年目の初夏にうつ(内因性)を発症し、8月から本格的に休職した。
2021年年明けに復職しようとしたら盛大に再発し、7月からお試し出勤を始め、ようやくまともに人生とか考えられるようになって、離婚した。猫を飼い始めた。
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家庭医のヒヨコ、臨床しな医として復職する

家庭医のヒヨコ、臨床しな医として復職する

前回までのあらすじ

なんと1年以上更新していなかった。
2020年7月、医師5年目で総合診療専攻医3年目として毎日仕事をエンジョイしていた私は、ある日急に動けなくなってしまった。8月には内因性うつ病と診断され、長い長い休職を経験した。
詳しくはマガジン「家庭医のヒヨコ、療養する」をご覧頂きたい。

2021年7月、発病から約1年たち、ようやく復職に向けてのリハビリを始めることができた。その半年前

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家庭医のヒヨコ、療養する-8. いったんの最終回 臨床から離れる話

家庭医のヒヨコ、療養する-8. いったんの最終回 臨床から離れる話

昨年8月に内因性うつ病(特に原因なく発症するうつのこと)と診断され、休職と薬物療法が始まった。
発症から半年ほど経った2021年1月、1回目の復職に失敗したことでようやく「自分はもうこれまでの様な生き方・働き方はできないのだ」という事実を受け入れられた。辛い気づきだったが、これによって初めて本当の意味で「休職」できるようになった。

担当していた患者さんを手放し、大学院も休学した。体力を削るあらゆ

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家庭医のヒヨコ、療養する-7. 本当の意味で受け入れる

家庭医のヒヨコ、療養する-7. 本当の意味で受け入れる

仕事も家庭も順調で30歳なりに人生をエンジョイしていた私は、昨年の6月頃から働くと具合が悪くなるようになってしまい、7月には医師業は愚か食事・睡眠もままならなくなった。
8月に内因性うつ病(特に原因なく発症するうつのこと)と診断され、休職と薬物療法が始まった。

はじめは動けない日々が続いたが、せめて気持ちはポジティブであろうと強く思い、「できること」を見つけることに執着した。少しずつ病前の自分を

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家庭医のヒヨコ、療養する-6. 麦茶とセロトニンと私

家庭医のヒヨコ、療養する-6. 麦茶とセロトニンと私

仕事も家庭も順調で30歳なりに人生をエンジョイしていた私は、昨年の6月頃から働くと具合が悪くなるようになってしまい、医師業は愚か食事・睡眠もままならなくなった。
8月に内因性うつ病(特に原因なく発症するうつのこと)と診断され、休職すると共に抗うつ薬、睡眠導入剤の内服が開始となった。副作用に慣れるまで1週間ほどかかったが、その後はただひたすら休むだけの時間が始まった。

学生時代にも一度、受診には至

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家庭医のヒヨコ、療養する- 5. 長い道のりの最初が辛かった話

家庭医のヒヨコ、療養する- 5. 長い道のりの最初が辛かった話

2020年7月から本格的に体調を崩して医師としての仕事がままならなくなり、8月に初期研修もした病院の精神科を受診して和やかな空気のなか「内因性うつ病」と診断された。

一般に、例えば体がだるい気がする、頭がなんだか働かないといった、うまく説明することのできない症状は、時に診断までに時間がかかる。何ヶ月、いや何年も苦しんだ末にようやく目星がつく、という方もいるだろう。
そういった方にとって、診断があ

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家庭医のヒヨコ、療養する〜 4. 初めてのせいしんかと私のしせいかん

家庭医のヒヨコ、療養する〜 4. 初めてのせいしんかと私のしせいかん

2020年8月の手帳を見返していた。
しばらく読むのが辛いくらいの分量だった。

7月末にやる気スイッチで鈍器で殴られた後(前記事参照)、私は落胆していた。大好きな職場で、働こうとすればするほど具合が悪くなるということが受け入れ難かった。
それでも、「まぁ気づかないうちに疲れが溜まっていたのかな」くらいに考えるようにして、1ヶ月くらいしっかり休んだらまた前みたいに働けるだろうという楽観的な気持ちを

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家庭医のヒヨコ、療養する- 3. やる気スイッチに鈍器で殴られたような

家庭医のヒヨコ、療養する- 3. やる気スイッチに鈍器で殴られたような

いま改めて思うけど、自分は本当に家庭医という仕事を楽しんでいる。
職場にいる時間は、自然にスイッチが入るのだ。
そしてこれもまた改めて思うが、昔からスイッチを入れている間はその時出しうる最高のパフォーマンスを出すことができたし、自分の疲れや不調を自分からほぼ完全に隠すことができてしまっていた。例えば救急の夜勤に入っていた時は診療中だけスイッチを入れて、合間はスリープモードに入る、という風に体力を調

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家庭医のヒヨコ、療養する- 番外編(来週復職するので全然年の瀬感がない)

家庭医のヒヨコ、療養する- 番外編(来週復職するので全然年の瀬感がない)

仕事納めの翌日、勤め先のクリニックに来ている。僻地勤務から帰ってきた夫の残務処理についてきた。他には誰もいない。
とりあえず、週1回の担当外来で使っていた診察室の机に向かっている。
部屋の様子は私が休み始めた半年前と大きく変わっていない。感染対策用のゴミ箱の位置が変わった。COVID-19検査センターの連絡先が壁に貼られている。6月には在庫切れになってきた高血圧管理手帳が補充されている。

病気が

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家庭医のヒヨコ、療養する-2. アンビバレントな休みたい願望

高校生のとき、色々とうまくいっていない同級生が「死なない程度に階段から落ちて骨折したい」と、ポツリと呟いていたことがあったのを思い出した。あれから10余年経った自分が全く同じことを考えていることに気がついたことをきっかけに思い出した。
消極的に、期限つきで休みたい、という意味だったのだろうか。少なくとも私にとってはそういう意味合いを持つ願望であった。

そこまで過激な発想でなくても、2020年6月

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家庭医のヒヨコ、療養する- イントロ

仕事が楽しい。
もちろん、楽しくない作業も、苦手なひととのやりとりもあるけれど、全体的に見て楽しい。仕事をしている時の自分が好きだ。職場の人たちも、地域で関わる人たちも好きだ。
経験年数も増え、半年間の僻地診療を経験した。目の前の患者さんだけでなく、職場の労働環境に目を向けたり、地域における自分たちの医療のあり方について考えたりと、少しずつ視野が広がってきている実感もある。将来突き詰めたい分野をな

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家庭医のヒヨコ、療養する- 1.発症(推定)

私には日記をつける習慣がなかった。
手帳に学んだことや思いついたことを書き留めることはあっても、いわゆる毎日の細かい記録をつけようと思っても続いた試しがなかった。
それもあって、いつから具合が悪くなっていたのか、実はよく分からない。

他のnote記事をご覧になればお分かり頂けるように、私は家庭医を目指し「総合診療専攻医」と呼ばれる立場で、北海道内の有床(入院設備もちょっとある)診療所に医師として

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