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家庭医のヒヨコ、療養する- 5. 長い道のりの最初が辛かった話
2020年7月から本格的に体調を崩して医師としての仕事がままならなくなり、8月に初期研修もした病院の精神科を受診して和やかな空気のなか「内因性うつ病」と診断された。
一般に、例えば体がだるい気がする、頭がなんだか働かないといった、うまく説明することのできない症状は、時に診断までに時間がかかる。何ヶ月、いや何年も苦しんだ末にようやく目星がつく、という方もいるだろう。
そういった方にとって、診断がある種のゴールのような役割を果たす場面を、医師として少なからず見てきた。というか、診察室ではそのように見えた。
しかしいざ患者側に立ってみると、例えばうつ病において診断とはつまり治療の開始であり、長い長い長い長い(それはもう長い)病気との付き合いの始まりに過ぎないと知る。
病気が診断され、効くことが予想される薬が処方されたとき、一旦すごく安堵した。道筋が見えた、と思った。誰かが自分の代わりにこの病気と付き合う上での舵取りを請け負ってくれるのだと。
しかし帰宅してしまえば、次の受診までの過ごし方は自分次第になる。
更に言うと、札幌にいる唯一の家族であり、同業者でもある夫はこの時期僻地研修中で単身赴任しており、自宅でも完全に1人になってしまうことになった。さすがに不安なので、受診日以外は夫の僻地研修先で過ごすことにした。夫の勤務中は1人になってしまうが、朝晩様子を見てくれる人がいるだけで全然違うと思った。
さて、受診したその晩から処方された抗うつ薬と眠剤を飲み始めた。
これまでにも毎日飲み続ける薬を処方されて飲んだことはあったが、同僚に頼んで出してもらうなど、自分で処方内容を決めたものばかりであった。
そのため、完全に他者に診断も治療も委ねて定期内服(いわゆる毎日、長期間飲む薬)を出されるのはこれが初めての体験となった。
ぶっちゃけて言うが薬を飲み始めた1週間はめちゃくちゃ辛かった。とにかく朝から晩まで吐き気がひどく、実際に吐くことはなかったものの起きていられなかった。また、口の渇きが気になるようになった。
ソファーに横たわりながら淡々と麦茶を飲み、またそれだけ水分をとっていたのでトイレにも1時間に1回は行った。トイレに行くと血圧が下がり、床に倒れ込んで動けなくなったこともあった。
「今の私は水を入れて出すだけの管...」と弱気になってしまうので、一日中YouTubeを眺めて気を紛らわせていた。
ほんの数週間前まで医師として毎日のように薬剤処方をしていたし、それなりに勉強してきたつもりなので、どの症状がどの薬の副作用が概ね検討はついていたし、それぞれが通常何日で出現し何日で収まるか、大体の検討がついた上での辛さだった。
自分が医師でなければ、あまりのことに3日目くらいで病院に電話をかけ、臨時受診を相談していたと思う。
実際、私が処方した薬を飲んでここまで辛い思いをする患者さんがいたら、せめて電話で相談して欲しいな、受診は大変だろうから。
というわけで、長い長い治療との付き合いは、人生最悪の具合悪さと共に始まった。文字通り人生最悪で、休職前にフラフラしながら仕事していたときの方がまだマシだとさえ思った。
新たな物質が自分の体内で市民権を得るまでのプロセスを身をもって体感した貴重な時間ではあったが、そんなことを思う余裕も当時はなかった。
今も同じ薬+αを毎日飲んでいるが、全く副作用は気にならなくなった。喉元過ぎれば熱さを忘れるとはこのことだな、と思う。
当然だけど、人によって、また時期によって病気の体験は異なるものであって、私自身体調の悪さのピークが辛さのピークではなかった。
これについてはまた書きます。
*本文はいち患者の経験談であり、うつ病診療に関する一般的な情報を提供するものではありません。
*NOTEやtwitterで個別の医療相談はお受けしておりません。ご自身のこころの病気について気になることがある方は、厚生労働省のホームページ(https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html )などを参照されるか、お近くの医療機関への受診をご検討ください。