上手な文章って、どんな文章だろう?
「どうすれば、上手な文章が書けますか?」
という質問をときどきもらう。
「自分らしい文章を書きたい」
という方向けに、文章コーチングもしていて。書くことに悩んでいたり、書くことで仕事をしていきたい人たちの中にも、なんとなくの「上手い文章」を求めている人もいる。
「どんな文章なんでしょうね。一緒に考えてみましょうか」とよく一緒に、書くことで考えていくんだけれど。
上手な文章、ってなんだろう。考えてみる。
読みやすい文章。
上手いなと思う。
止まることがなく、スラスラと読める文章。うん、読みやすい。
難しい漢字が多すぎず、意味を考えてしまう横文字とかがなく、かといってひらがなばかりではない文章。それも確かに読みやすい。漢字とひらがなとカタカナのバランスが大事だったりする。「漢字3:7ひらがな、時々カタカナ」くらいが一番読みやすい。
縦書きか、横書きか。人によってはどちらかを読みにくく感じることもあるのかもしれない。
かくいうぼくは今までどちらの方が読みやすいかなんて考えたこともなかったわけだけれど。
どっちも読めるなと思う。
それよりも読める時と、読めない時の方がある。どんな文章でも、毎日まったく同じように読める気がしない。今日はたくさん読める日もあれば、ちょっと読んでだめだとやめてしまう日もある。
話が逸れてしまうけれど、文章に限らず、そういう”読める時”はある。それはどちらかというと自分の体調とか、調子とか、気分とか。そういうものがきっと影響していたりする。
あとは、どんな文章だろう。
心を動かす文章。
情熱が感じられたり、ちょうど自分のことを言っているような気がしたり。「それそれ!」と思わせたり、「確かになあ」と感じてもらえたら、言うことはないのかもしれない。
もう一度読みたくなる文章。
時間が経ったのに、また読み返したくなった文章。
思い出す文章。
あの人が書いた文章。
あなたらしい文章。
前に書いた記事だけれど、文章にも”声”ある。
僕に声があるように、あなたにも声があって。それはまったく違う声で、低かったり、高かったり。似ていても、きっと一つとして同じ声はない。自分の中にも何個かの声があって、外向けのちょっと明るくテンション高めの声だったり。友達や家族と話す時。夜と朝でもきっと違う。
同じように文章にも声がある。文体とか、使う言葉とか、言い回し。表現の仕方も。ですます調か、だ・である調。自分語りもあるし、客観的な書き方もある。
読みやすい文章、心を動かす文章には、きっと自分が好きな文章の声、文体がある。
あなたの文章はどうだろうか?
あなたは読んでいてどんな文章を読みやすかったり、これいいなって、また読みたいなって感じて心が動かされるだろうか。
ああ、そういうことか。と思う。
きっと上手な文章なんてないんだね。
あるのは「上手だとあなたが思っている文章」だね。
きっとぼくの文章を読みやすくて、上手だと思ってくれる人もいれば。そうでなく、読む気にならない人だってたくさんいるんだ。
だから「あなたらしく心を動かす文章」を見つけていけらたいいと思うんだ。そのためにはやっぱり書いて、書いて、書いていくしかないし。それからたくさんたくさん読んでいくしかないと思う。
それから自分の書きたい文章を知って、考えて、書いていく。それの繰り返し。
「少しずつ、これを書きたかったんだなって思えてきました!」
AIがすごい文章を書けるようになってきてしまっているから、いくらか僕たちは書かなくてもよくなってしまうのかもしれない。
でも「あなたらしい文章」なら、いつまでも誰かの心を動かすと思うよ。
ただ書きたいように、書くために。
ぼくはぼくらしい文章を、書いていきたいと思う。