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(10)助動詞may:「ことができる」ではないかもしれない

こんにちは。テクノ・プロ・ジャパンの法務翻訳担当です。今回は助動詞mayについてです。

まずは「may」に関する基本知識

まずは教科書的なお話から始めましょう。法律系の文書で用いられるmayは、「権利」を示すものであるとよく言われます。たとえば、以下のような形で使われます。

If and to the extent POLYPLASTICS fails to remedy the defect, the BUYER may(中略)refuse acceptance or abate the payments.

https://www.polyplastics.com/en/terms-eu.html
(ただし、(中略)は本稿筆者によるもの)

上のmayは、欠陥のある製品について、買主(BUYER)が受領や代金の支払いを拒むことができるという意味で用いられています。「拒まなくても良いけれども、拒むかどうかの選択権は買主にある」というわけで、まさに「そういう権利がある」という意味です。

mayは権利。これは、以前ご紹介したshallと並んで英文契約関連の基本知識の1つとなっています。私の手元にある書籍でも、「mayは権利を表す」旨の記述が、ほぼ全部に見受けられました。訳としては「ことができる」で、同じ「ことができる」でも「can」の方は英文契約ではまず用いられない…というところまでがまず1セットの説明になっています。

ついでに、否定句の付いた「may not」については「権利がない(裁量権・選択権がない)」、「してはならない(不作為義務を課せられている)」のいずれかの意味になるというのが、教科書的な理解です。

が、実務はそう簡単には済みそうにありません。この点は以前ご紹介した助動詞shallと同じです。

実際のところ「may」はどう使われているか

さて、権利を示すとされるmayですが、実務で英文を見ている感じからすると、純粋に権利としての用法ばかりとは限りません。shallほどの頻度ではないものの、権利とは言いがたいものも散見されます。たとえば、先ほど引用した契約書では、引用箇所のまさに次の文でこんな表現が出てきます。

…Furthermore, the BUYER may be entitled to reimbursement for its expenditures incurred in connection with POLYPLASTICS’ remediation except for…

https://www.polyplastics.com/en/terms-eu.html
(ただし、太字は本稿筆者によるもの)

「may be entitled to (reimbursement)」なので、教科書どおりにmayを権利と考えるのであれば、「(補償を請求する)権利が付与される権利がある」といった感じでしょうか。「(補償を請求する)権利が付与されるかどうか」を「自分で選ぶ裁量権がある」という解釈も可能ではありますが、それはつまり「(補償を請求する)権利がある」と言っているのと同じですから、上記のように迂遠な言い方をしなくても、is entitled toで済むような気がします。単純に筆が滑って表現が重複してしまった可能性もありますが、敢えてmayを置いているのだとすれば、「権利が与えられることがある」くらいの意味(※)を意図した可能性も浮かび上がってこないでしょうか。

(※)訳として字面に出すべきかどうかは、また別の話です。この手のmayは、契約書に限らずよく出てくる表現だと思います。

その後もいくつかmayが出てきますが、いずれも権利かどうかに怪しさを感じるものばかりです。

以下は、(訳はともかく)「依拠するであろう/と思われる」くらいの意味ですし…

This exclusion shall not apply to claims relating to a breach of material contractual obligations, (中略) whose fulfillment the BUYER may therefore normally rely on (cardinal duties).

https://www.polyplastics.com/en/terms-eu.html
(ただし、(中略)および太字は本稿筆者によるもの)

…残る以下2つについては、それぞれ主語が「PRODUCTS(本製品)」「Credit terms(支払条件)」なので、もとより権利が認められるような主体ではありません。どちらも、「そういうことが起こりうる」くらいの意味合いで用いられているものと思われます。

The BUYER acknowledges that the PRODUCTS may require special handling, storage…

https://www.polyplastics.com/en/terms-eu.html
(ただし、太字は本稿筆者によるもの)

Credit terms may be modified or cancelled both as to time and amount…

https://www.polyplastics.com/en/terms-eu.html
(ただし、太字は本稿筆者によるもの)

以上を考えると、契約書のmayには大きく2とおりの意味がありそうだと言えます。

  1. 「権利」を示す

  2. 「可能性/推量」を示す

契約書の「may」に関する私の見解

さて、mayには「権利」と「可能性/推量」の意味があるのではないかと書きました。最後にこの点について少し考えてみましょう。

「権利」とは、簡単に言えば「しても良い」ということです。そして、「しても良い」とは、すなわち「許可」「容認」ということではないでしょうか。「許可/容認」と「可能性/推量」。この2つは、まさに日常語としてのmayの主な意味にほかなりません。

ここからわかるのは、契約書のような専門文書だからといって、日常的な用法から大きく逸脱するわけではないということではないでしょうか。起案する側の感覚で考えれば、普段から「許可/容認」と「可能性/推量」の2つの意味で使っている言葉を、契約書でだけ「許可/容認」(≒権利)の意味に絞って使うのは困難なのかもしれません。教科書的には「権利」の意味にだけ使うことが推奨されているとしても、ついつい漏れ出てしまうことがあるのでしょう。shallが教科書的には「義務」と言われつつ「義務」以外の意味にも頻用されているのも、ひょっとすると、shallの「意志未来」の感覚の影響なのかもしれません。

ましてや、法律文書になったとたんに、あらゆるmayが権利の意味になるはずなどありません。私たちは日々言語を使っています。そして、法律文書とはいえども、その日々使っている言語の延長線上にあるものです。私たちがこのmayから学ぶべきは、そのような意識で翻訳に臨む必要があるということなのかもしれません。


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