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「チェッカー概論」縁起:本講座に対する思い

このたび、オンライン講座を1件リリースしました。その名も「チェッカー概論:翻訳者になるためにチェッカーになった貴方へ」です。この講座は、かつて翻訳学校で開催していた特別講座を、オンラインコースとして再構成したものです。

この講座ができた背景と、「翻訳者になるためにチェッカーになる」の真意

これから業界に羽ばたこうとする方々に向けて、チェッカーというお仕事を紹介してほしい。ベースとなった講座の発端は、そのようなご依頼でした。

しかし、いざ講座の内容を考えてみると悩んでしまいました。「翻訳学校で学ぶ方が、最終目標としてチェッカーを目指すのだろうか?」と思ったのです。

私自身は、チェック(弊社ではレビューと呼びますが)の仕事にもやりがいを感じますし、現在チェックを仕事とされている方にもプライドを持って仕事に臨んでいる方がたくさんいらっしゃるとは思うのですが、翻訳学校に入る方というのは、そもそも翻訳者になりたいという方が大半ではないでしょうか

思い返してみれば、当の自分もそうでした。私も、(それまでに多少翻訳の仕事をしたことがあったとはいえ)本格的に業界に入る前段階としてチェックという仕事を選んだ人間の一人です。その理由は何より、業界の求人で翻訳者よりもチェッカーの方が参入のハードルが低いという現実があったからでした。しかし、実際にチェックをやってみると、翻訳者として学ぶところも多々ありました。そこで、「翻訳者になるという最終目標に向けてチェックという仕事を最大限活用するためのヒントをお届けする」という形であれば、血の通った話をしつつ、想定受講者のニーズにも応えることができそうだと思ったわけです。

この講座でチェックという仕事を「翻訳者になる前段階としての選択肢の1つ」として提示しているのは、そういう事情があります。

私の問題意識

さて、以上の話だけであれば、この講座を今回改めて公開しようとは思わなかったでしょう。実は、この講座には当時の想定受講者のニーズのほかに、私の問題意識を色濃く反映させてあります。いわば裏テーマのようなものです。

先ほど「翻訳者よりもチェッカーの方が参入のハードルが低い」と書きました。この現実を個人として最大限利用すべきだという話までなら、個人の生存戦略として納得いただけると思います。しかし、そのような現実は果たして「あるべき姿」なのでしょうか。たとえば、経験の浅い人間が経験の長い人間の訳文を確認・修正することは可能なのでしょうか。チェックというのなら、知識でも経験でも、ひとまわり豊富な人間が担当した方が良いような気がしないでしょうか

これは、チェックという仕事に従事する方なら一度は抱くことになる疑問ではないかと思います。そこで、試しに次の問題を考えてみましょう。

仮に翻訳者とチェッカーとの力量が同一だった場合に、翻訳者のミスを漏れなく全部拾うことは可能なのか?

これこそ、私がこの講座で受講者の方々に考えていただきたかった内容です。この点は、これからチェッカーになろうとする方のみならず、現在チェックという業務に従事されている方にも普遍性のある話なのではないでしょうか。

しかし、上の疑問にきちんと答えるとなると、案外難しいものです。そこで重要になるのが「概論」です。

解像度を高め、何ができないかを知ろう。そして個人としてどうすべきかを考えよう

昔から「概論」が好きでした。概論を学ぶことには、今ある知識を整理する効果と、これから学ぶ知識・得る経験が血肉になりやすくなる効果とがあると思っています。脳内に思考の材料と整理タンスらしきものができあがる感覚と言ってもよいかもしれません。

今回の講座は「チェッカー概論」ですが、皆様はこのチェックという仕事について、どこまで考えを整理できているでしょうか。たとえば、チェックとは何をする仕事で、翻訳とは何が違うのでしょうか。

チェックとは、元の訳文をベースに誤訳その他の客観的な間違いを修正していく仕事。翻訳との違いは、1から訳を作るかどうか。このくらいの話であれば、容易に思いつくかもしれません。しかし、それならばなぜ、チェックという業務に強いストレスを感じるのでしょうか。明瞭に言語化できていないだけで、本当はことがそう単純でないことに気がついているのではないでしょうか。

それをいったん言語化しましょう。現状の前提では「何ができないか」を知りましょう。そうすれば、業務自体は変わらずとも、心が少し軽くなるはずです。そして、個人としてどうすべきかを前向きに考える余裕が生まれます。現実には、ミスを見つけられずに責任を感じたり、責任を問われたりすることもあるかもしれません。しかし、そのとき皆様が見ている景色は、今日とは少し違ったものになっていると思います。


補足:さらに突き詰めた先にあるもの → MTPEに対する態度への応用

さて、今回の講座はチェックという業務に関するものですが、もっと抽象化していくと、もうひとつ応用が利く対象が出てきます。MTPE(Machine Translation Post-Editing:機械翻訳の後編集)です。

MTPEでは、機械翻訳による訳文があらかじめ用意されており、その訳文をベースに作業を進めていくことになります。訳文を作ったのが機械であるという点こそ違いますが、「既に存在する訳文をベースに納品物を作り上げていく」という意味では、チェックと共通点の多い作業です。さらに、訳文があるということをもって、純粋な翻訳作業よりも料金が低く設定されているという点も共通しています。

業界に新たに参入される方や、実務経験の比較的少ない方が経験を積むためのキャリアとしては今後、ひょっとするとチェックよりもMTPEの方が主流になってくるかもしれません。仮にそうなったとしても、あるいは、現時点で既にそうなっているとしても、上記のような共通点がある以上、この講座の内容が普遍性を失うことはない。私はそのように考えています。

というわけで、これから業界に入ろうとする方も、現在チェックに従事されている方も、それ以外の方も。「チェッカー概論:翻訳者になるためにチェッカーになった貴方へ」をどうぞよろしくお願いいたします。

講座担当


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