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短編小説『眠れない夜は、気楽亭へ』その5
今日は流星群が見えるという。
けれど周りが明るすぎて、私の家からはあまり星が見えない。
かと言って、星が綺麗に見えるような場所は人が少ない気がするので、夜遅くに一人で行くのは怖い。
だから、私には縁のない話。
そう思っていた。
心に夢がある限り、気楽亭はどこにだって現れるのに。
気づけば私は、小高い丘のてっぺんに寝転んでいた。
真上には天の川があり、その近くをす、すっ、と、流れ星が飛んでいく。
すごい量だ。あちらで流れたと思えば、向こうでも。空一面をきらきらと流れ星が光って、消えていく。
その刹那の輝きと、満天の星たちの何千年越しの瞬きが交差して、夜空を一層特別なものにしていた。
「常識なんて、放り投げちまえよ」
直ぐそばで、聞き慣れた声がした。
右隣を見ると、私と同じように寝転んでいる彼と目が合った。
彼がニッと笑うのが何とか見えたから、私もつられて口元が緩む。
そうだ、気楽亭は、どこにでも行けるんだった。
「ちょっと明かりつけていいか?」
その問いかけに頷くと、彼はランタンの灯りをつけた。星の光が見えなくならないように、かなり減光されているそれは、子供の頃に布団の中に潜って遊んだ時の胸の高鳴りを思い出させてくれる明るさだった。
彼は夜目がきいているのか、こんなに弱い光だけで、手早くグラスにワインを注いでいく。甘い蜂蜜のような香りが鼻腔をくすぐって、まだ飲んでもいないのに心が満ち足りていく。
「それ何?」
私が尋ねると、彼は嬉しそうに答えた。
「シャルドネ。“星のチリワイン”らしい」
「今夜にぴったりじゃん!」
私が思わず声を上げると、「だろ?」と彼は自慢げに答えた。
彼のチョイスはいつも本当に的確で、外れがない。私が一番飲みたい品種のワインを選んでくれる。
そう、今日の私はシャルドネを飲みたい気分だった。先日訪れたイタリアンレストランで飲んだシャルドネが、忘れられなかったから。
ボトルを頼んでしまうとレストランでは値段が高いけど、ここは気楽亭。いくらでも、好きなだけワインを楽しめる。
嬉しくて手を伸ばすと、「ちょっと待てって」と笑いながら彼はグラスを手渡してくれた。
「「乾杯」」
グラスをぶつかり合わせることなく少し傾けて、声を合わせて、一口飲んで。
ふんわりとしたバニラの香りと、南国のフルーツのようなテイストに、心が躍る。
そうしている間にも、星は流れ続けている。
ウェブニュースには1時間にいくつ流れる、なんて書いてあったから、意外とそんなに見れないのかと思っていたけれど。ずっと上を見上げていたくなるくらい、四方八方で現れては消えていく。
こんなに素敵な景色を見れてよかったな、と思った。
と、ひときわ大きい青い星が、すぅ、と音もなくこちらに落ちてくる。
えっ、と思う間もなく、それはそうっと私の腿の上に着地した。
「あっ」
それは光り輝くブルースターの花たちだった。青い星形で可愛い、私の好きな花。
今日の花まるの花は、星からの贈り物らしい。
私はそれをぎゅっと抱きしめる。少し温もりを感じるのは、空から流れ落ちてきたからだろうか。夜の星の優しさが、閉じ込められているからだろうか。
あぁ、これだから、私は眠れない夜が愛おしくなってしまうんだ。
「このままじゃ私、だめになっちゃうなぁ」
思わずそう呟くと、彼がふはっと笑った。
「それも魅力にすりゃいいじゃん」
確かに、と思った。好きで寝られないわけではないし、それを最大限プラスにしなければ、落ち込むだけになるのだから。
これでいいんだ。これが最善だ。
夜更かしだって悪くない。こんなに綺麗な景色を見れるなら、きっと。
銀色の光が、また一つ、しゅうと夜空を横切っていった。
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