【1話完結小説】昇華
休み時間。ちょうどトイレの個室から出ようとした時、外でエリとサツキの声がした。
「ハナほんとウザイよなー」
「一回ほめただけで毎日ポエムみたいなん書いてきてさあ。そろそろ付き合うの限界なんですけど。」
自分の名前が聞こえてきて、思わず息を潜め気配を殺す。
「さすがに毎日感想求められてもなー」
「今度もっと長いの書いてくるって言っとったで」
「いや、もうムリムリムリムリ!」
キャハハハハ
軽やかな二人の笑い声はトイレ内に反響し、私の心の奥底をグリッとえぐった。
…逃げちゃダメだ。
私は奥歯を食いしばりトイレのドアをバーンと勢いよく開け、飛び出した。
「ごめーん!私の創作、ウザかった!?マジごめんな!二人がめっちゃ誉めてくれたから嬉しくて調子乗っちゃって!私ほんま空気読めへんアホやな!」
幽霊を見たような顔でこちらを向いて固まる二人。私は立て続けにまくしたてた。
「でも知らんよ!?私が将来なんかの賞とって有名になってもサインあげへんよ!?今はウザイウザイと思いながらも読んでおだてといた方がええんちゃう?」
二人の顔が緩んだ。
「…なにそれ、ハナほんまアホやなあ」
「めっちゃウケるんやけど。あんたのその自信どこから来るん?」
「これはマジで大物かも知れんな」
「意外とそうかもな」
「また明日からも読んだるわ」
キャハハハハ
軽やかな二人の笑い声は最初のそれよりも柔らかく私の心に染み込んだ。
_____なんて事を個室の中で夢想しているうちに、エリとサツキはトイレから出て行った。
自分の陰口を言われて冷静に対応、まして明るく対応してその場を切り抜ける、なんて普通の女子高生には無理だと思う。
涙は出なかったが、悔しくて悲しくて恥ずかしくて、ずっとこの薄暗い個室に篭っていたいと思った。
しかしその一方で、この黒い気持ちすら創作に昇華させられると微笑む私もいた。今感じた気持ちを忘れない。トイレの床に落ちているトイレットペーパーの切れ端の形を忘れない。エリが外で振りまいたプチプラのコロンの匂いを忘れない。校庭からかすかに聞こえてくる男子の笑い声を忘れない。さっき夢想した都合の良いイメージを忘れない。全てを私に刻み付けていつか解き放つ、その時が少しだけ楽しみだ。
そうか。結局どうなろうが、それは全て私の糧となる。なんならもっと傷付いてみてもいいかも知れない。私は薄笑いと共にトイレのドアをバーンと勢いよく開け、飛び出した。エリとサツキの後を全力ダッシュで追いかける。
end
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