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【1話完結小説】母の愛

 前を走る白い軽自動車が蛇行運転している。警ら中の俺は停車を指示した。

 パトカーを降り、路肩に停まった車に近づくと運転席には誰もいない。髪の長い女が運転していたように見えたが…。

 後部座席に目をやると、ガリガリの幼児がぽつんと座ってこちらを見ていた。保護者の行方を問うと
「ママはね、オバケだけど僕を助けてくれたの。」

 調べると幼児の母は1年前に病死しており、幼児は父と父の恋人から日常的に虐待を受けていたことが分かった。

 死してなお我が子の幸せを願い守ろうとした母の愛を思い、俺はガラにもなく胸が熱くなった。田舎のおふくろを思い浮かべる。今年の正月は久しぶりに実家に顔を出そうか。

 ___数日後、幼児を保護していた施設から連絡が入った。幼児がいなくなったというのだ。

 防犯カメラを確認する。深夜、施設前に音もなく停まった白い軽自動車。誰もいないのに後部座席のドアが開く。そしてそこへフラフラと幼児が現れ乗り込む。誰も触っていないはずのドアが閉まり、車は画面の外へ走り去って行った。

 それきり軽自動車の行方は全く掴めない。結局俺はその年の正月も捜査に明け暮れ、実家に帰らぬまま過ごした。

end

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