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〝チョウザメを絶滅から救う〟三大秘境生まれのキャビア【平家キャビア】
フォアグラ、トリュフと並んで世界三大珍味の一つである「キャビア」。チョウザメの卵を塩漬けにした高級食材だ。つまりチョウザメのおかげで私たちはキャビアを食べられるわけだが、実はある深刻な問題を抱えている。希少価値が高い食材がゆえに、チョウザメの乱獲や密猟が行われているのだ。2022年7月にはIUCN(国際自然保護連合)が絶滅のおそれのある世界の野生生物のリスト「レッドリスト」に、合計27種のチョウザメ類を認定した。そのため国内で流通しているキャビアは養殖が主流で、天然キャビアを見かけることはほぼないといえる。
そんな中、国産の養殖キャビアとして注目を集めているのが「平家キャビア」。製造する株式会社キャビア王国の鈴木宏明さんは、台風による被災、イタズラによるチョウザメの大量死など度重なる苦難がありながら、現在も養殖からキャビアの製造までを行っている。
なぜ、「平家」キャビアなのか? なぜ、経済的、そして心理的に大きな痛手を負いながらも、養殖を続ける意思を持てたのか? 鈴木さんの「チョウザメ愛」「キャビア愛」を聞いた。
きっかけは実家の養殖業、独学でキャビア作りに挑戦
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訪れたのは人口約2300人の小さな村、宮崎県椎葉村。日本三大秘境の一つで、面積の9割以上が森林という緑豊かな場所である。取材当日、集合場所の駐車場に到着し「後ろから僕の車についてきてください」と言われるがまま進むと、都市部では体験できない険しい山道に驚かされる。車は到底すれ違えず、標識などなくとも徐行せずにはいられない道の連続。鈴木さんが養殖場まで道案内してくれたことに、心から感謝した。
鈴木さんの実家である建設会社「鈴木組」がチョウザメの養殖事業に参入したのは、2005年。県外の大学を経てNTTに就職した鈴木さんは、2013年に故郷に戻り養殖を手伝うことに。
「もともと田舎が嫌いで、家業を継ぐつもりはありませんでした。椎葉に戻ったのも一時的な予定で、また東京に出るつもりだったんです。でも、実家にいる間にチョウザメのお世話を手伝っていたら、次第に愛着が湧いてきて。田舎が嫌いな僕に居場所なんてあるはずもないと思っていたのですが、チョウザメたちがここに残る理由をくれたんです」と鈴木さんの表情が優しく緩む。
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今でこそ、日本でも有数のキャビアを製造し販売する鈴木さんだが当時、養殖したチョウザメは「宮崎キャビア事業協同組合」というキャビアを製造する団体に出荷していたという。
「自分たちでキャビアをブランド化して売っていきたいと思ったので、独学でキャビア製造について勉強したんです。当時はまだ、キャビア製造業者も少なく、しっかりとした製造法も確立されていなかったので、右も左も分からず大変でした。しかも一回の失敗が相当な被害を生むので、最初は同じ魚卵であるいくらを使って試行錯誤しながら、とにかくイメージトレーニングを重ねましたね。毎日のようにネットで製造法を調べたり、実際に製造したことのある方に話を聞いたり人生の中で一番勉強しましたよ(笑)。もちろん思い入れもあったからでしょうが、その時初めて製造に成功したキャビアが、今まで食べたキャビアの中で一番おいしかったですね」と微笑む。
確かに思い入れでおいしく感じたのは間違いないのだろう。だが、そこには毎日イメージトレーニングをし続けた鈴木さんの努力と、自然豊かな恵まれた環境が背景にあった。
三大秘境の椎葉村だからこそ作れる「平家キャビア」
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道案内なしではたどり着けない、緑の山々に囲まれた鈴木さんの養殖場はまさに秘境。ここで育ったチョウザメから作られるキャビアが、一泊22万円の高級旅館でも提供されている「平家キャビア」だ。およそ800年前、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の武士たちが、椎葉の山奥に逃げ込みひっそりと暮らしていたという、椎葉村に伝わる平家落人伝説。そうした歴史や秘境で作られることを想起させるのが、ブランド名の由来となっている。
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特徴はクリーミーでありながら魚の臭みが少ないこと。一般的には熟成という工程を行うことでクリーミーさを生み出すのだが、その分、臭みは増してしまうのだという。
「自分自身がおいしいと思えるキャビアを作りたくて。僕はどうしても魚の臭みが苦手だったので、なるべく臭みのないキャビアを作ろうと、試行錯誤して生まれたのが『平家キャビア』です。ポイントになるのが、綺麗な水。これはもう本当に偶然ですけれど、椎葉はチョウザメの養殖にとても適した水と場所があったんです。山から掛け流しの天然水がいけすに使えますし、冬場には水温が0度近くまで下がるので、余計な脂肪が削ぎ落とされて身が引き締まります。その結果、脂肪の栄養素だけが卵の中に凝縮されるので、臭みはないけれどクリーミーなキャビアを作ることができるんです」
鈴木さんの話を聞いて確信した。「平家キャビア」はこの場所でしか作ることができない唯一無二のキャビアなのだ。
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10トンのエサを使って1トンの魚を育てる、養殖業のジレンマ
キャビアの商品化に成功した鈴木さんだが、キャビアを作ることがゴールだったわけではない。チョウザメの養殖を通して天然のチョウザメを守るために日々奮闘しているのだ。
「もし天然のキャビアより養殖のキャビアの方がおいしくて安い時代になったら、わざわざ天然のものを買う人はいなくなりますよね? そうなれば、密猟や乱獲はなくなるはずなんです。だからキャビアがもっと日常に当たり前にある食材になってほしいし、キャビアのおいしさをもっと多くの人に広めていくことが僕の仕事です」
熱く語る鈴木さんは、チョウザメのエサにもぬかりなくこだわる。一般的に養殖で使われるエサには魚粉が使われているそうなのだが、そこには養殖業への批判の原因となる問題点があったのだ。それは、養殖の魚を育てるためのエサに他の魚が大量に使われていること。チョウザメを絶滅させないことを使命に掲げる鈴木さんにとって本望ではなかった。
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「魚粉の原料にはカタクチイワシが使われているのですが、例えば1トンのチョウザメを養殖するのにカタクチイワシが10トン使われた場合、チョウザメの絶滅は防げるかもしれません。しかし、いつかカタクチイワシが絶滅する可能性だって出てくるわけです。それでは意味がないと思ったので、魚粉の代わりに大豆タンパクを使用することにしました。いわばヴィーガンですね。でも大豆タンパクだけはチョウザメがエサとして認識してくれないので、昆布と混ぜるなどをして食べさせているんです」
日本の文化が生み出したワインフレーバーのキャビア
キャビアは水で洗って塩漬けにするのが基本的な作り方だが、イクラを使ったイメージトレーニングの過程で鈴木さんは「キャビアもイクラと同じように日本酒で洗ってみよう」と考えた。そうすれば、独自性の高い、面白いフレーバー(風味)のキャビアが作れると考えたからだ。
実際に試作を重ねた結果、日本酒よりもワインで洗った方が味が良く、近隣の都農(つの)町にあるワイナリーとの協力で「都農ワインキャビア」が生まれた。
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「日本人だからこそ生まれた発想だと思います。そもそも海外は日本と比べると魚卵を食べる文化があまりないので、イクラもそこまで食べられていないですからね。面白いデータがあるのですが、世界のキャビア市場の売り上げは300億円なのに対して、日本の魚卵市場の売り上げは1兆円。つまり、世界のキャビア市場は日本の魚卵市場の3%にしかすぎません。だからこそ、まずは国内をターゲットに、キャビアを広めていきたいと思っているんです」
臭みが少なくて食べやすい「平家キャビア」と日本の文化を取り入れた「都農ワインキャビア」は、どちらも日本人にもっとなじみのある食材にしたい、という鈴木さんの思いから生み出されたものなのだ。キャビア以外にもチョウザメの魚肉を使ったシュウマイやチョウザメフィッシュバーガーなど、チョウザメを食材として身近に感じてもらえるように工夫した商品開発も行っている。
何があっても諦めない。全てはチョウザメを絶やさないために
1回目でキャビアの製造に成功し、順風満帆に見える鈴木さんだが、養殖をやめようと考えたことは何度もあったという。2022年、宮崎県に記録的な大雨をもたらした台風14号。山の土砂崩れにより養殖場が埋まってしまい、大切に育ててきたチョウザメや、稚魚たちの命までも奪われ被害は相当なものであった。それでも鈴木さんは、手作業での復興作業やクラウドファンディングなどによる資金調達を行うなどして、再建に向けて動き出している。無論、諦めない強い思いは多くの方に届き応援してくれる支援者も数多くいるのだ。
「過去には誰かに池の水を抜かれ、一晩でチョウザメが大量死してしまったこともありました。また、キャビア、チョウザメは高価なわけですから、盗まれたこともあります。ひどい話ですよね」
チョウザメを稚魚から育ててキャビアが取れるようになるまで、約8年もかかることを考えると、当然、養殖業をやめるという選択肢も浮かんでくる。それでも、鈴木さんが絶対に諦めなかったのは、ある信念があったからだ。
「チョウザメが僕の人生を変えてくれたので、今度は僕がチョウザメを助ける番なんです。絶滅なんて、してほしくない。だから人生をかけてチョウザメを守ることが使命であり、僕なりの恩返しです」
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鈴木さんにとってチョウザメの養殖は人生そのものであり、チョウザメとの出会いはまさに運命だったのではないかと思わずにはいられなかった。10年後には、50トンのキャビア生産量を目指している鈴木さん。愛に溢れた挑戦をこれからも見守り続けたい。
※2023年9月13日掲載 価格等は取材当時のもの