「学校、行かない!」と告げられ…
こんにちは。山川美々子と申します。ペンネームです。
川崎市在住の会社員で、本を作る仕事に携わっています。夫と娘が二人(小4と小1)。最近は、ほぼ毎日リモートワークです。
今年の4月、下の娘が小学校に入学しました。姉妹2人合わせて8年間過ごした保育園生活がようやく終わるー!!と、ちょっとした達成感に浸っていたところ。……次女は、小学校に行かなくなってしまいました。
次女に「学校に行きたくない、行かない」と宣言されてから、あれやこれやを試し、ジタバタしてみましたが、何も解決できないまま1ヵ月が過ぎようとしています。
「これは長引くな…」
そう思い、ちゃんと次女と向き合わなければと思いました。次女とわたしたち家族の幸せにつながる最善の方法を、探さなければと思います。
このnoteでは、その記録をつづっていきたいと思っています。
* * * * *
次女は、5月の連休明けから体の不調をうったえ、行きしぶりが続くようになりました。それでも最初のころは、何とかなだめすかして登校させていました。
そして5月某日。
この日は、1年生になって初めての授業参観。そのときの娘の様子を見て、わたしはショックを受けます。かなり長い時間泣いていたような、パンパンに腫れあがった目。ひどい顔をしていたから。
ただごとではないと感じ、翌日から学校を休ませることに決めました。
次女は幼い頃から、周りからすると「育てにくい」タイプの子であったようです。「美々子、よくやってるよね」などと周囲から言われることもよくありました。でも当の本人は、経験値が少なすぎて「こんなもんじゃない?」と軽く流していました。体力もあり、まだ若かったから(笑)。
そして年長のとき。「発達障害(自閉症スペクトラム)」の診断がつきました。「小学校では苦労するだろうな」と思い、当時、思いつくかぎりの窓口に相談してみたりしました。でも…。
こんなに急な形で「学校、行かない!」と、心のシャッターをガラガラと閉められてしまうとは思っていませんでした。ゴーンと頭を殴られ、目の前が真っ暗になるようでした。
というのも、次女は、4月中は順調すぎるぐらい普通に過ごしていたから。「学校、行かない!」となるまでに、なにか対応ができなかったのだろうか。今となって振り返ってみても、あとの祭りですが…。
次女と過ごした日々を記しておきたいと思い、書き始めてみます。次女とわたしたち家族の幸せにつながることを願って。