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【高校音楽Ⅰの授業実践②】ジグソー法によるバッハの授業②
福島県立安積高等学校で実際に行っている音楽の授業を紹介します。
今日のテーマはJ.S.バッハが作曲した名曲中の名曲「マタイ受難曲BWV244」の2時間目です。①で説明した通り、この曲は、マタイの福音書に基づき、イエス・キリストの最期の3日間を、修辞学など当時の作曲技法の粋を集めて描いたものです。
ジグソー法とは
2時間目は、いよいよジグソー法のエキスパート活動となります。念のため、事前にジグソー法について簡単に解説します。
例えば、A〜Iの9人の生徒がいて、それを3人ずつ①班、②班、③班の3つのグループに分かれて活動させるとします。
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ジグソー法では、各グループから1人ずつ(Ⅰ)、(Ⅱ)、(Ⅲ)に派遣し、それぞれ分析に必要な知識を学びます。これをエキスパート活動と呼びます。
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それぞれ異なる知識を学んだ班員が、もう一度元のグループに戻り、お互い協働して新しい課題に取り組みます。これをジグソー活動と言います。
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エキスパート活動の(Ⅰ)、(Ⅱ)、(Ⅲ)で学んだ内容は、それぞれ単体では新しい課題の解決には至らない断片的なもので、それぞれが学んだことを持ち寄りグループ全員の知識を組み合わせた時、はじめてジグソーのピースがはまるかのように、課題を解決できるようになるという仕掛けです。
「ジグソー法によるバッハの授業①」でも指摘したとおり、通常のグループ活動では班内に1人でも音楽に詳しい生徒がいると、その生徒に皆が頼ってしまうなど、どうしてもグループ内で生徒による積極性に差がでてしまいましたが、ジグソー法はそれを解消できる非常に効果的な学習方法だと思います。
授業の実際
さて、話を授業に戻します。
「マタイ受難曲」の授業の2時間目は、このエキスパート活動を行います。私の授業では、(Ⅰ)~(Ⅳ)の4つの学習内容の動画(各20分程度)を準備し、別々な部屋で視聴します。
(Ⅰ) 音によるイエスの差別化と会話の表現
(Ⅱ) 音画による表現
(Ⅲ) マタイ受難曲のストーリー概要と最後の晩餐
(Ⅳ) 愛について~バッハ作曲の手順~
これらの動画は、プレゼンテーションソフトで画像を作成し、テキスト読み上げ機能で作成した音声データと共に、編集しています。非常に手間がかかりますが、1度作ってしまえば、その後はずっと使えます。ただ、うっかり時事ネタの笑いなどを入れてしまうと、5年後にはかなりの違和感が出てきます(笑)。音源等の著作権のためデータを公開できないのが残念ですが、4つの動画の内容のみ紹介します。
(Ⅰ) 「音によるイエスの差別化と会話の表現」の動画内容
このグループは、まず、ナレーター役(エヴァンゲリスト)とイエス役が異なる歌手によって演奏されていることを知ります。その上で、イエスが歌うときには、あたかもイエスから光背が出ているかのように弦楽器の明るい和音が奏されていることを確認します。
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また、合唱を2群に分けることで、左右から議論しているような立体表現について、音楽室のステレオスピーカーで体感します。
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2群の合唱については1時間目でも触れていますが、実際に耳で確認できるのは(Ⅰ)のメンバーのみとなります。
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ちなみに、ステレオ効果のイメージは、生徒が食いつきやすくチャット風の絵を見せています。
(Ⅱ) 音画による表現の動画内容
このグループは、音画的な作曲法について、第5曲を素材に学びます。
イエスがベタニアを訪れた時、マグダラのマリアがイエスの頭に高価な香油を注ぎます。それを見た弟子たちは、マリアの無駄遣いを責めるのですが、イエスはそれを制止して「これは私の埋葬への備えである」と伝える場面で、音画の宝庫となっています。
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フルートの2重奏が、歌詞の後半にある「両眼から流れる涙」を楽譜上に絵的に描いていることについて学びます。
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また、アルト独唱の最後では、イエスに香油をかけている様子まで音画で描かれているともいわれてます。
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(Ⅲ) マタイ受難曲のストーリー概要と最後の晩餐の動画内容
このグループは、ジグソー活動の課題となる場面の前後の大まかなストーリーと「最後の晩餐」の場面について学習します。
ストーリーとしては、パリサイ派とイエスたちの関係性、ベタニアでマグダラのマリアが香油を注ぐ、ユダの裏切り、過越の祭りの由来、最後の晩餐、『オリーブ山のゲッセマネの園へ移動』、ペトロつまづきの預言、イエスの捕縛、ペトロの否認、イエスの磔刑について順を追って解説します。
(『 』のオリーブ山へ向かう部分が、ジグソー法の課題曲)
その後、「最後の晩餐」(過越の祭)のシーンについて、レオナルド・ダ・ビンチの絵とバッハの描き方を学びます。
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最後の晩餐の食事中に、イエスは弟子たちに話します。
「君たちの中の1人が私を裏切って密告するだろう。」
弟子たちは驚いて、口々に尋ねます。
「ええっ⁉︎ 主よ、まさかそれ私じゃないですよね?」
第9曲eの合唱は、まさにこのシーンです。驚いた弟子たちが、さまざまな場所やタイミングで口々に「主よ!(Herr!)・・・」と尋ねています。
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楽譜を見ると、バラバラのタイミングであっちこっちから不安な7thコードの連続で「Herr!」と確認している緊迫の様子が描かれています。
しかも回数もきちんと11回。
・・・・あれっ?
弟子の人数は
レオナルドの絵をみると・・・12人?
バッハも詰めが甘いなぁ
いえいえ。
誰が裏切るか知っている人がイエス以外にもう1人いるじゃないですか。
そうです。敵対するパリサイ派の人にイエスの居場所を密告し、すでにお金を受け取っているユダ本人です(レオナルドの絵では4のお金を持っている人物がユダとされる)。だからバッハの楽譜ではユダを抜いた11人が、イエスに「Herr!」と問いかけているのです。
まるでレオナルドの絵のように精緻な音楽描写ですね。
(Ⅳ) 愛について~バッハ作曲の手順~の動画内容
このグループは、第12曲をもとに作曲の手順をなぞるように学んでいきます。
もし、次の歌詞に曲をつけるとして、みなさんならどの言葉を重視して作曲しますか? 4つぐらいの言葉を選んでください。
私の心は涙に溺れるほどです
イエスが私に別れを告げているからです
しかし、彼が与える契約は私を喜ばせます
彼の肉と血、おお、この尊いものを
彼は私の手に形見として遺してくれたのです
彼は、この世で彼とともに在った者を
悪く思うことなどできなかったように
今また弟子たちをきわみまで愛してくださるのです
生徒がキーワードをマークしたところで、バッハの楽譜と答え合わせをします。
1つ目は「涙に溺れる」です。涙の海がさざ波となって音画的に表現されていますね。この波は、イエスが別れを告げていることから通奏低音と減5度の不協和を奏でます。
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さらに、「契約が喜ばせる」「尊い肉と血」は、イエスとの別れの時にあって大切な希望です。だからその場面の楽譜を見ると悲しみの涙が止まっていますね。
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4つ目は「弟子たちをきわみまで愛す」です。
「汝の敵を愛せよ」と言ったイエスですので、ここでの「愛」は、対象を選ぶエロス的な愛ではなく、神の愛としての対象を選ばないアガペーです。そのため、G→F→E→D→C→H→Aと1オクターブの全ての音が、対象を選ぶことなく順に登場します。
日本でも「愛を注ぐ」と液体的な表現をしますが、ここでも液体のような下行形です。そして、愛が注がれる先にには「Ende(終わり)」があり、世の終わりとも、隅から隅まで、善も悪も、などと考えられ、1番弟子のペトロから裏切り者のユダまで、対象を選ばずに愛が注がれるイメージを音画的に表現しています。ちなみに、和声学の本によっては、この「Ende」のC音がソプラノ音域の最低音と学びます。音域のEndeでもありました。
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動画を視聴後に生徒たちは各グループにもどり、それぞれ学んだことを共有して2時間目が終了します。この時、自分だけが知っている優越感なのか、はたまた使命感なのか、生徒たちはかなり白熱して教えあっていますので、見ていて楽しいです。
自分の授業の時よりも集中している・・・・。
次の3時間目からがジグソー活動となります。
3時間目「高校音楽Ⅰの授業実践」ジグソー法によるバッハ③記事へ
※音画等に関する解釈の出典は礒山雅氏の『マタイ受難曲』による
(文責:鈴木敦)