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『ソナチネ』:1993、日本

 北島組幹部・村川組組長の村川は、組員のケンを引き連れて雀荘に現れた。そこの主人がノミ屋をやっているので、組に金を入れるよう脅すためだ。
 主人が「警察に怒られるなら分かるけど、アンタに怒られる筋合いは無いですよ」と言うので、村川は店を出た。彼は組を辞めて田舎へ帰ったはずの津田が喫茶店でウエイターをしているのを見つけ、ケンに事務所へ連れて来るよう指示した。

 事務所に戻ると、北島から電話があったことを若頭の片桐が報告した。また北島から電話が入り、村川は北島組事務所へ来るよう指示された。
 事務所にやって来た津田が言い訳をするので、村川は「ボーイならボーイらしい格好して働けよ」と告げて帰らせた。夜、車で北島組事務所へ行く途中、村川はケンに「ヤクザ、辞めたくなったなあ。なんか、もう疲れたよ」と漏らした。

 村川が北島組の事務所へ赴くと、幹部の高橋もいた。高橋は、沖縄の友好団体・中松組が敵対する阿南組と抗争しており、助けを求めてきたことを説明した。
 北島は、村川組が応援に行くよう命じた。地下鉄が出来たおかげで羽振りのいい村川を疎ましく思った北島と高橋が、厄介な仕事を押し付けてきたのだ。それが分かっているので気乗りしない村川だが、親分の命令には従うしかない。

 村川は高級クラブのトイレで高橋を殴打した後、車で堤防へ赴いた。組員に拉致させておいた雀荘の主人が、クレーン車で吊り下げられていた。村川は主人を海に沈めて殺した。
 翌日、北島組事務所へ出向くと、北島組と高橋組の助っ人が集められていた。高橋が集めたのはチンピラばかりで、その中には津田の姿もあった。北島組の広瀬が「こんなガキと行けるかよ」と言うと、高橋が連れて来た前田が激昂した。前田がいきなりナイフで広瀬の腹を刺し、乱闘が勃発した。

 村川は組員と助っ人を引き連れ、沖縄に到着した。一行は中松組の幹部・上地や組員・良二たちの出迎えを受け、マイクロバスで移動した。宿泊先として案内されたのは、しばらく使っていなかったというオンボロのビルだった。
 いきなり挨拶代わりの投石があったが、上地は平然と「良くあります。これでもう手打ちでしょう」と告げた。村川たちが来てから、向こうもやる気になったらしい。

 村川たちは、中松の接待を受けた。中松は「良くある揉め事で、こんな大げさなことにしなくても良かったんだ」と言う。遠慮したのに、どうしてもと北嶋が応援を寄越したという。村川は中松が応援を要請したと聞かされていたが、まるで話が違っていた。
 ビルが爆破され、2人が死亡した。村川は片桐の提案を受け、東京へ帰りたい奴は帰らせることにした。村川たちはバーへ出掛けるが、そこで阿南組の連中と撃ち合いになり、また犠牲者が出た。

 生き残った連中の大半が東京へ帰り、残ったのは村川、片桐、ケン、上地と良二の5人だけだった。彼らは、良二の兄が以前に住んでいたという海辺の廃家に移った。ケンと良二は浜辺へ行き、ビールの空き缶と拳銃でウィリアム・テルごっこを始めた。それを見ていた村川は拳銃に弾丸を一発だけ込め、ロシアン・ルーレットを持ち掛けた。
 ケンがジャンケンに負けると、彼は平気で発砲した。最後の一発になり、村川が負けた。彼は笑って自分のこめかみを撃つが、弾は出なかった。弾は入っていなかったのだ。

 夜、上地が沖縄の歌と踊りを披露した。村川はロシアン・ルーレットで自分が死ぬ夢を見て、目が覚めた。廃屋の外に出ると、一台の車がやって来た。車から男が女を強引に連れ出し、襲い始めた。
 それを無視して通り過ぎようとした村川は、男に呼び止められた。男が「人がやってるの見て楽しいのかよ。どうなんだ」と挑発的な態度を取ってくるので、村川は頭突きを食らわせた。男がナイフを出して脅してきたので、村川は即座に射殺した。

 襲われていた女・幸は、そのまま村川たちと一緒にいるようになった。上地の仲間が着替えを届けに来た。「親分は相変わらず手打ちだと言っている」と聞かされ、上地は呆れた。村川は良二やケンと紙相撲で遊んだ。その後、全員で砂浜に出ると、良二とケンを紙相撲の力士に見立てて遊んだ。
 夜、村川と上地は良二たちを砂浜に呼び出し、落とし穴に落として笑った。片桐は「何バカなことやってんですか」と半ば呆れたように言うが、村川は「やることないんだもん」と告げた。

 次の日、村川は幸と釣りに出掛けた。夜、上地はケンと良二を扮装させ、踊りを教える。翌日は花火をして楽しんだ。村川の外出中、上地の仲間が、中松組の親分が会いたがっていることを伝えに来た。
 片桐が上地と共に出向くと、中松は「昨夜、高橋が来て、阿南組と手打ちに持ち込みたいと言って来た。条件として解散しろと要求してきた」と語った。中松は解散を拒否したものの、組は上地に組を任せて引退すると言い出した。彼は、村川たちが破門という扱いになることを片桐に告げた。

 片桐と上地が去った後、中松と子分たちは殺し屋に射殺された。その殺し屋は廃屋近くの砂浜にも現れ、ケンを射殺した。村川は高橋を捕まえて話を聞こうと考え、上地と片桐を伴ってホテルへ出向いた。
 エレベーターで高橋と殺し屋が一緒になり、銃撃戦になった。上地と片桐、そして殺し屋が命を落とした。村川は高橋を脅し、阿南と手を組みたがっていた北島が、今回の揉め事を機会に中松組を潰そうと企んだことを白状させた。村川は高橋を始末した後、一人で手打ち式の会場に乗り込んだ…。

 監督は北野武、脚本・編集は北野武、製作は奥山和由、プロデューサーは森昌行&鍋島壽夫&吉田多喜男、協力プロデューサーは中川好久&晦日裕子&斉藤立太、撮影は柳島克己、録音は堀内戦治、照明は高屋斉、美術は佐々木修、音楽監督は久石譲。

 出演はビートたけし、国舞亜矢、渡辺哲、勝村政信、寺島進、大杉漣、逗子とんぼ、矢島健一、南方英二、北村晃一、十三豊、深沢猛、森下能幸、永井洋一、安藤裕、津田寛治、伊藤季久男、小池幸次、関根大学、水森コウ太、松岡一閒、神田瀧夢、夏坂祐輝、長岡毅、鈴木隆二郎、水谷正勝、城春樹、鬼界浩巳、木下ほうか、戸田信太郎、勝光徳ら。

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 『あの夏、いちばん静かな海。』に続く北野武の監督第4作。日本では1週間で上映が打ち切られるなど興行的には完全に失敗したが、カンヌ国際映画祭で上映されたのを契機にヨーロッパで高い評価を受けた。北野武が「世界のキタノ」になるきっかけとなった映画である。
 村川をビートたけし、幸を国舞亜矢、上地を渡辺哲、良二を勝村政信、ケンを寺島進、片桐を大杉漣、北島組組長を逗子とんぼ、高橋を矢島健一、殺し屋を南方英二が演じている。

 釣り人に変装した殺し屋たちが砂浜に来ても、村川たちは全く警戒する様子が無い。そこに釣り人が来ている時点で明らかに不自然なのに、全く気にしないのは不自然だ。殺し屋がケンだけを射殺して去るのも、村川がボーッと見送るのも奇妙だ。
 そもそも、殺し屋は北島と片桐たちが会っていた時、上地と片桐も始末できたのに、彼らが去ってから襲撃している。それも不可解だ。ホテルのエレベーターで高橋やヒットマンと乗り合わせ、そこで銃撃戦になるってのも、かなり無理がある。

 それはたぶん、北野監督の中では、先に「エレベーターの中で撃ち合いになる」といったイメージが出来上がっていて、それを映像化する際、スムーズな流れは考えずに撮影したんだろう。
 この人は勝新太郎と同じで、イメージ通りの場面さえ撮影できれば、繋がりとか、ドラマツルギーとかは無視する人なんだよな。とにかくストーリーテリングってモノには全く興味の無い監督なのだ。

 雀荘の主人を拉致した村川は、「毎月幾らならいいんですか」と言われても「もう要らねえよ」とクールに告げ、片桐に2分ぐらいで死ぬかどうかを確認した後、海に沈める。
 2分で引き上げ、まだ生きていると、「なんだ生きてるじゃねえか。3分ぐらいやってみっか」と口にする。3分を過ぎてから引き上げ、「もう死んだかな。まあいいや」と、まるで興味が無さそうに言う。

 村川は人を殺す時、感情を出そうとしない。そこには復讐心や怒りも無いし、興奮や狂気も無い。無感情なのだ。それは、「ごく普通の行動を取るように」というのとは少し違う。
 例えば呼吸する時、街を歩く時、大抵の人間は、あそこまで感情を殺さない。村川は人を殺す時、普段よりも感情が消えているのだ。いや、それ以前に、ヤクザ稼業をしている時の彼は、人間としては、ほぼ死んでいると言ってもいい。まるで生気が無いのである。

 北島組の助っ人と高橋が連れて来たチンピラたちが乱闘を始めても、北島組や村川組の連中は何もせず、静かに眺めているだけだ。普通のヤクザ映画なら、急いで制止に入るだろう。
 そこを黙って傍観し、かなり過激に演出された暴力を「静」の中で見せようとするのが北野流ということだろう。北野武の映画における暴力は、興奮や激情とは、あまり積極的にコンビを組もうとしない。

 建物が爆破されて2人が死んでも、村川だけでなく、片桐たちも、カッとなったり狼狽したりしない。普通のヤクザ映画なら「畜生、仲間を殺しやがって」と、組員たちが復讐心に燃えるという図式になりそうなものだ。
 しかし本作品では、粛々と仲間の死が受け流されている。誰かが死んでも、そんなに深い意味のあることではない、というような処理になっている。バーでの撃ち合いにも、興奮は無い。「この野郎」「てめえ」などと声を荒げたり喚いたりすることもなく、村川は事務的な仕事のように銃を撃つ。

 村川たちが廃屋に移ると、そこからは「ヤクザたちの夏休み」に突入する。そこで良二たちと遊んでいる時の村川は、本当に楽しそうだ。
 ヤクザ稼業の時には「死」の中で漂っていた村川が、そこでは「生」の中で明るい感情を表に出す。満面の笑みを浮かべ、バカな遊びに興じる。良二とケンのコンビは、軽妙な掛け合いを繰り広げる。雨が降ったので体を洗おうとしたらピタリと止んでしまうなど、笑いを誘う役割を担当する。ヤクザ映画のギスギスした感じ、殺伐とした空気は、すっかり消え失せている。

 ヤクザたちの夏休みの時間帯は、血生臭い匂い、張り詰めた緊迫感は無く、緩和が続く。だが、そこでの「生」の楽しみは、刹那的なものに過ぎない。
 村川は、やがて訪れる「死」の前の猶予期間を満喫し、そして再び感情の無い世界へ戻って行く。最後に彼は自殺するが、きっと「あんまり死ぬのを怖がって、死にたくなった」ということなんだろう。

 考えてみれば、冒頭、真っ赤な空をバックに、銛で突き刺された青いナポレオンフィッシュが掲げられている映像があった(ポスターにも使われたカットだ)。
 たぶん、それは村川におけるバナナフィッシュだったのだ。村川の厭世観は、北島たちを始末しても消えず、むしろ強まったのだろう。

(観賞日:2010年9月15日)

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