『危険なプロット』:2012、フランス
ギュスターヴ・フローベール高校で国語教師を務めるジェルマンは、新学期に2年C組を受け持つことが決まった。学校秘書のアヌークに「通知は読んだ?」と訊かれた彼は、「フランスを再び平等思想が支配する。大衆を煽るだけだ」と不満そうに告げる。
校長のグスタフは教職員が集まる会合で、「通知は読んだだろう。新学期に際して、新たな方針だ。制服の導入で全ての学習者を平等な出発点に立たせることが出来る」と語る。他の教師たちが拍手をする中、ジェルマンは仏頂面を浮かべた。
ジェルマンは家に戻り、作文の宿題を採点する。妻のジャンヌは教会のミサに通っているが、ジェルマンは全く行っていない。ジャンヌはブリュノの葬儀に参列したが、彼は「親類でも友人でもない」と言う。ジェルマンは作文の出来の悪さに辟易し、「文学を教えたくて教師になったのに、努力の結果がこれだ」と愚痴る。
しかし彼はクロードという生徒の作文を見て、興味を示した。クロードの作文は、同級生であるラファの家を訪ねた時の出来事について書いた内容だった。クロードは以前から行ってみたかったこと、数学の宿題を教える口実で赴いたこと、ラファの母であるエステルに関心を抱いたことを綴り、「続く」という言葉で締め括っていた。
ジャンヌは同級生と母親を馬鹿にした内容だと感じるが、ジェルマンは高得点を与えた。ジェルマンは次の授業が終わった後、クロードに「書かれた本人が読んだらどうするんだ?」と問い掛けた。するとクロードは「先生に書いたんです」と言い、既に完成させていた次の宿題を提出した。2度目の作文には、クロードが普通の人間であるラファに興味を抱いたことが書かれていた。
ジェルマンはジャンヌが働く画廊へ行き、クロードのことを語った。ジャンヌはオーナーの双子姉妹から、1ヶ月で絵を売らないと画廊を閉鎖すると通告されていた。ジェルマンは画廊の作品に全く興味が湧かず、冷淡な批評を口にした。
ジャンヌはクロードの作文を読ませてもらい、エステルへの性的欲求が書かれていることに不快感を示した。彼女が「クロードの両親に知らせるべきよ。精神科医が必要よ」と言うと、ジェルマンは「現実に対して怒っているだけだ」と述べた。ジェルマンはアヌークに会い、クロードの資料を見せてもらった。
クロードは転校が多く、フローベールに来たのは2年前だった。彼は一人っ子で母親は不在、父親は仕事中の事故で障害を負って現在は無職だった。ジェルマンはクロードに文章を書くアドバイスを送り、自分の本を渡した。
クロードが新たに提出した作文には、ラファの父親のことが書かれていた。ラファの父親は10年前に1週間滞在しただけなのに、中国通を気取っていた。ジェルマンが文章を現在形に変えた理由を尋ねると、クロードは「僕にとって、あの家にいる方法だから」と答えた。
彼が自分だけ別に時間を割いて助言する理由を訊くと、ジェルマンは「君には才能がある。力になりたい」と告げた。ラファと父親がバスケの試合をテレビで観戦している間、エステルは家の改装について考えた。そんなエステルに、クロードは興味を示した。
新たな作文を読んだジャンヌは、「才能は感じるけど、前より尊大ね。貴方を操ってるみたい。まるで彼が師匠よ」と言う。ジェルマンはクロードに助言し、また新しい本を渡す。ジャンヌは展覧会まで3週間に迫り、準備を進めている。クビの危機に焦っているジャンヌに、ジェルマンはクロードの作文を読ませる。
クロードはラファに問題を解かせている間に、彼の両親の様子を覗き見た。父親は独立を考えていることを明かすが、エステルは「私はインテリアの仕事に戻りたいの」と反対した。エステルに気付かれそうになったクロードは、壁に飾っている絵を眺めているフリをして誤魔化した。
クロードはラファの両親りの室を覗き、会話を盗み聞きした。エステルは夫に、「数学の試験が近いから、プロの家庭教師を雇うべき」と話していた。夫が「クロードがいる」と言うと、エステルは「彼は様子が変よ。廊下で絵をじっと見てた。毎日は来てほしくない」と語る。
その作文を読んだジェルマンは、「次に起きることを、どう面白く読ませるかが重要だ。人には物語が必要だ」と告げる。クロードは「数学の試験でラファの点が悪いとクビになって作文が書けなくなる」と語り、試験問題を盗んでほしいと頼む。ジェルマンが想像で書くよう促すと、彼は「行かないと書けない」と述べた。
ジェルマンは数学教師のベルナールと話し、もう試験問題が完成していることを知る。彼は試験問題を盗んでコピーし、クロードに渡した。ラファの点が良かったので、クロードは彼の家へ通い続けることが出来た。ラファはクロードに、「君とジェルマンが放課後も一緒にいるから噂になってる。気を付けろ。彼の女房はポルノの店をやってる」と忠告した。
ジャンヌはクロードが数学の試験問題を盗んだと知り、「犯罪者の真似なんか」と非難する。ジェルマンは「クロードはラファの家に行かないと書けないんだ」と反論し、「決して誰にもバレない。今回だけだ。二度とやらない」と述べた。
クロードはラファと父親がバスケをするため外出したのを見計らって、エステルだけがいる家へ赴いた。教科書を忘れたという名目で家に入った彼は、「母は父に耐えられず、7年前に家を出て行った」という話で同情を誘った。
クロードは廊下に飾ってある絵について解説し、エステルと会話を交わした。ジャンヌはクロードのエステルに対する欲情が綴られた文章を読み、「不幸な終幕になるわ」と口にする。しかしジェルマンは「考え過ぎだ。何も起きていない」と言い、軽く受け流した。
クロードはラファたちの目を盗み、屋内を物色した。ジャンヌは彼の作文を読み、「クロードが興味を持っているのはエステルよ」と話す。クロードはジェルマンに、「主人公はエステルを手に入れたい。障害はラファと父親だ」と語る。「君は何がしたいんだ?」と問われた彼は、「貴方は王、僕はシェヘラザード」と述べた。
次の作文には、ラファ一家から食事会に誘われた時の出来事が記されていた。ラファの父と話したことに触れる文章を読んだジェルマンは、「息子に取って代わる気か?ラファを嫉妬させたいんだな」と述べた。
ジェルマンはクロードに、「ラファが中身が空っぽで感情が見えて来ない。君は行き詰まっていて、息子をどうするかが一番の問題だと思ってるな?ラファの性格付けが必要だ」と助言した。次の作文では、クロードがラファ父子のいるスポーツセンターへ赴いた時の出来事が書かれていた。
クロードは試合を観察した後、父子のチームに参加した。ジェルマンは「家の中に限定しろ。バスケなんて安っぽい」と批評する。さらに彼は、「このままだとラファがクロードの引き立て役だ。もっと存在感が必要だ」と告げた。
ジェルマンは親友について書くよう指示した宿題の作文で、ラファを指名してクラスで朗読させる。彼は黒板に文章を書かせ、間違いを全て修正した。ラファはクロードの前で、ジェルマンへの怒りを吐露した。
荒っぽい仕返しを目論むラファに対し、クロードは校内誌に言い分を書くよう勧めた。それについて書い作文を読んだジェルマンは、「私を批判させる気か?」と言う。するとクロードは平然とした態度で、「彼には存在感が必要でしょ」と述べた。
ラファの批判が校内誌に掲載されると、ジェルマンはグスタフに呼び出された。グスタフから批判されると、ジェルマンは褒めて伸ばす教育方針への不満を口にした。ジェルマンに全く反省の色が見られないので、グスタフは「学区の監督官に報告する」と通告した。ラファの父はジェルマンに詰め寄り、「息子に敬意を示せ。人前で謝罪しろ」と要求した。
クロードは次の作文で、初めてラファの家に泊まったことを書いた。ラファからキスされたという文章を読んだジェルマンは、「これは何を意味する?」と訊く。クロードが「彼の性格付けです。気に入るかと思って」と答えると、ジェルマンは「私ではなく、君が何を求めるかだ」と告げた。
ジェルマンはジャンヌから、「クロードの指導を始めて以降、愛し合っていない」と言われる。「彼に欲望を感じる?」という質問に、ジェルマンは「彼は男だぞ」と否定する。
ジャンヌが「年を取って違う欲望が芽生えたのかも」と言うと、ジェルマンは「才能があるから導いてやりたいだけだ」と述べた。クロードはラファの両親の喧嘩を見てチャンスだと感じ、エステルに詩を贈った。そんな作文を読んだジェルマンは、物語の内容を高く評価した
クロードとエステルが抱き合ってキスする様子をラファが目撃し、首を吊って自殺した。そんな作文を読んで、ジェルマンは驚愕した。翌朝、彼が登校すると、ラファは来ていなかった。焦ったジェルマンはアヌークに頼んで自宅に連絡してもらうが、ラファはただの風邪だった。
ジェルマンはクロードに、「やり過ぎだ。息子を始末し、母親を誘惑。欲望が強すぎる」と告げる。彼は作文の中止を促すが、クロードは「今さら遅すぎる。貴方が書けと言った」と受け入れない…。
監督はフランソワ・オゾン、原作戯曲はフアン・マヨルガ、脚本はフランソワ・オゾン、製作はエリック・アルトメイヤー&ニコラス・アルトメイヤー、撮影はジェローム・アルメーラ、美術はアルノー・ドゥ・モレロン、編集はロール・ガルデット、衣装はパスカリーヌ・シャヴァンヌ、音楽はフィリップ・ロンビ。
出演はファブリス・ルキーニ、クリスティン・スコット・トーマス、エマニュエル・セニエ、ドゥニ・メノーシェ、エルンスト・ウンハウアー、バスティアン・ウゲット、ジャン=フランソワ・バルメ、ヨランド・モロー、カトリーヌ・ダヴェニェール、ヴァンサン・シュミット、ジャック・ボスク、ステファニー・カンピオン、ダイアナ・スチュワート、ロニー・ポング、ヤナ・ビトネロワ他。
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フアン・マヨルガの舞台劇を基にした作品。監督&脚本は『8人の女たち』『スイミング・プール』のフランソワ・オゾン。ヨーロッパ映画賞の脚本賞や、サン・セバスティアン国際映画祭のゴールデン・シェル(最高賞)と審査員賞(脚本賞)、リュミエール賞の最優秀新人男優賞などを受賞している。
ジェルマンをファブリス・ルキーニ、ジャンヌをクリスティン・スコット・トーマス、エステルをエマニュエル・セニエ、ラファの父親をドゥニ・メノーシェ、クロードをエルンスト・ウンハウアー、ラファをバスティアン・ウゲット、グスタフをジャン=フランソワ・バルメが演じている。
ジャンヌは最初にクロードの作文を読んだ時、「同級生と母親を馬鹿にしている」と咎めている。しかし画廊でジェルマンからクロードの新しい作文があることを聞かされると、すぐに「読ませて」と要求する。
彼女は作文を読む度に「不快」とか「危険」と否定的な意見を口にするが、その後も興味は示している。ジェルマンが前のめりだから、それに合わせているというだけではない。「不幸な終幕を迎える」と懸念しているが、本気で止めようという様子は無い。
とは言え、ジェルマンと比べると、その熱量は大きく異なる。ジェルマンは退屈だった教師の仕事に初めて遣り甲斐を感じ、クロードだけを特別扱いして指導する。ジェルマンは「文学を通じて人生を教えたい」と言うが、それぐらい文学を信奉しているのだ。
そんな彼に、ジャンヌは「文学は人生なんて教えないわ」とクールに告げる。しかし彼女は、「絵画や彫刻なら人生を教えられる」と主張したいわけではなく、「アートも何も教えない」と評するドライな性格だ。だからジェルマンにとってのジャンヌは、妻ではあっても「志を同じくする仲間」にはなれない。ジェルマンはクロードと出会い、初めて「分かり合える同志」を見つけたのだ。
クロードの作文にはラファの家族を馬鹿にしたような表現が多く見られ、それは彼の態度や発言にも明確に表れている。実はジェルマンも、「自分は頭がいい、自分は正しい」という考えに基づいて周囲を見下している。
だからクロードがラファの家族を馬鹿にしたような文章を書いても、不快感を抱かなかったのだ。何しろジャンヌが画廊をクビになるかもしれないと焦っている中でも、全く親身になろうとせず、冷めた意見と皮肉ばかりを口にするような性格なのだ。
ジェルマンはクロードに「才能がある」と言うが、新しい作文を読む度に否定的な批評から入る。しかし、それは本人の意見ではなく、全てジャンヌの批評の受け売りだ。何しろジェルマンは「自分の方が上だ」と思いたい人なので、クロードの才能を認めつつも、称賛だけで終わらせたくないのだ。
だが、批判的な意見は自分の物ではないので、それが次の作文で修正されていなくても全く気にしない。それどころか、自身の助言が次の作文に反映されていなくても、彼は全く気にしていない。というか、たぶん気付いていないのだ。
ジェルマンはジャンヌから「クロードに操られている」と言われても、それを本気には受け取っていない。しかし、それは紛れも無い事実なのだ。ジェルマンはクロードを指導していると思い込んでいるが、実際は操られている。そもそもジェルマンは文学に関して自分の方が専門なのに、ジャンヌの意見に左右されているような男だ。そこで簡単に操られているという見方も出来る。
そしてジェルマンは試験問題を盗むことで、超えてはいけないラインを超えてしまう。ここで彼が操られていることは完全に確定する。一方、ジャンヌも泥棒を知って責めるものの、その後も作文を読んで興味を示している。それを考えると、彼女も操られていると言えなくもない。
クロードは「ラファの家に行かないと物語が書けない」と言うが、それは間違いなく嘘だ。彼の才能があれば、行かなくても想像だけで書くことが出来るはずだ。しかし彼にとって重要なのは作文を書くことではなく、ラファの家へ行くことなのだ。そして、ラファの家族の中に入り込むことなのだ。
母が家出し、父が障害を負って無職になっているクロードにとって、「ごく普通」であるラファの一家は羨望の対象なのだ。そして、そこに自分も加わりたいと願ったのだ。
クロードにとってラファの家に行くことは、「普通の家族の中に入る」ということだけでなく、「エステルと近付く」という目的もある。母親に捨てられたクロードにとって、エステルは愛情を抱かせる存在だ。それは歪んだ愛情であり、単に「母親を欲しがる」というだけでなく性的欲求の対象にもなっている。
クロードはラファと父の会話シーンについて、「息子との会話はバスケや車ばかりだが僕とは違う」と表現する。酔っ払いを目撃すると、「僕が息子だと思うだろう」という感想を抱く。彼は中国に関する会話の相手として、ラファではなく自分が選ばれたことに優越感を抱く。
クロードはラファ一家に招待された食事会で、ジェルマンについて「教師より作家志望かも」と言う。エステルが「作家になれば?」と口にすると、彼は「才能が無い。だから気難しい」と告げる。
そんな作文を読んだジェルマンは全く腹を立てず、「間違っていない」と妻に言う。つまり彼は、作家になりたい願望があるが、才能が無いことを自覚しているのだ。だから彼はクロードを育てることで、自身の夢を間接的に叶えようとしているのだ。
ジェルマンはラファが首吊り自殺する内容を読み、ようやく本気で「これはマズい」と感じる。それまで「全ては創作に過ぎない」という捉え方だったが、「本当に起きたことではないか」と焦る。実際は風邪だったが、危険を感じて作文の中止を要求する。
だが、やはり欲望には逆らえず、クロードが「ラファの両親がエステルの妊娠をきっかけに仲直りし、ラファは家庭教師を雇うよう頼み、自分の居場所は無くなった」という文章で終わらせようとすると「家族の幸せな結末など納得できない」と変更を求める。
クロードが「ラファ父子がクロードを殺す。クロードが父子を殺して家に留まる。エステルが男3人もろとも家を焼く。どの結末にするか、後は自分でどうぞ」と突き放すと、ジェルマンは書くよう頼む。どれになっても危険な結末だが、もう彼は完全にクロードの虜となっている。
クロードの危険なプロットを止めずに後押ししていたジェルマンは最終的に、仕事も家庭も失う。しかしクロードが愛すべき同志のクロードが自分の傍に残ってくれたのだから、ある意味では幸せなのかもしれない。
(観賞日:2018年8月15日)