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『赤線地帯』:1956、日本

 吉原の一角に、「浅草カフェー喫茶商業協同組合員」の看板が掲げられた特殊飲食店「夢の里」がある。巡査・野々村が手配写真を持って来ると、女将・田谷辰子は「ホントに弱い商売なんですよ、税金だって一度も滞納したことが無い」と言う。
 彼女は「戦争が終わってアメリカさんが来たら、素人さんを守ってくれとおだてられて。それが今度は売春防止法で店を閉めろとは、お役人は勝手すぎますよ。ここは四代も続いている。本当に要らない商売が、300年も続くモンですかね」と愚痴をこぼした。

 売春婦・より江が売春防止法に賛成の意志を示すので、仲間のゆめ子は「よりちゃんはいい人がいるからいいさ」と言う。より江には下駄職人の恋人があり、12万の借金を返して一緒になることを望んでいる。
 ゆめ子が「店が潰れたら暮らしの立たない者は、どうなるのか」と訊くと、野々村は「国家の責任において寮みたいなところを作って適当な職業を与えるだろうな」と言う。それを聞いて、ゆめ子は「そうなったら倅と一緒に暮らせるわ」と喜んだ。

 夢の里の主人・倉造は、女の議員が視察に来ているというので組合へ向かった。貸し布団屋「ニコニコ堂」の主人・塩見が、布団を届けに来た。かつては5人も店員を置いていたが、道楽が過ぎて、現在は一人でやっている。
 彼は夢の里のナンバーワン・やすみに入れ上げており、その日も小遣いを渡した。やすみが「今日は兄の具合が悪くなって、見合いに行かないと」と言うと、塩見は「これで何か買ってあげるといい」と、さらに金を渡した。

 やすみの部屋には、メリヤス問屋の支配人・青木末次が来ていた。やすみは青木から、家庭を持つよう求められている。やすみは返事をはぐらかしていたが、青木が熱心に求婚するので、「15万の借金がある」と明かした。すると青木は「何とかするよ」と告げた。やすみが彼を布団に連れ込むと、ゆめ子が「200円ばかし貸してくれない」」と来た。やすみは金を貸した。

 ポン引きの栄公が、関西弁の女・ミッキーを連れて来た。すぐにミッキーは「ニューフェイスやねん」とアピールし、客を連れ込もうとする。栄公は倉造に、ミッキーが神戸の貿易商の娘であること、父が道楽者だったことからグレてしまい、家を出て黒人兵のオンリーをやっていたことを説明した。
 通い娼婦のハナエが来た。彼女の夫・佐藤安吉は体の具合が悪くて工場を解雇され、赤ん坊と家にいる。いつも出勤の遅いハナエを、辰子は「有閑マダムじゃないんだから」と咎めた。

 積極的に客を誘っていたミッキーは、一人の青年を連れ込んだ。すると、青年は「門脇カヨという女がいませんでしょうか。僕の母です」と言う。彼はゆめ子の息子・修一だった。
 ハナエが呼びに行くと、ゆめ子は「こんな格好で会えない、帰しておくれ」と頼んだ。彼女は「どうして東京に出てきたんだろう」と漏らした。「お正月には背広の一着も作ってやりたいなあ」と言い、ゆめ子は商売に励んだ。客を誘う彼女の姿を、修一は物陰からこっそり見ていた。悲しそうな顔で、彼は立ち去った。

 より江の馴染み客である大阪のサラリーマンが店に来た。ミッキーが関西弁なので、彼は気に入って話し掛けた。ハナエが仕事を終えて店を出ると、赤ん坊を背負った安吉が立っていた。3人は中華そば屋に入った。
 安吉は、しばらく薬を飲んでいない。「明日は薬を買う」とハナエが言うと、安吉は「無理しなくていいんだよ」と告げる。ハナエは「入院することは出来ないんだから、やれるだけのことはやってみるわ」と口にした。

 ミッキーが来てから1ヶ月が経過した。景気が悪く、売り上げは芳しくない。議会へ行っていた倉造が店に戻り、野党議員が「売春業者なんて人間じゃない。明日から食えようが食えまいがどうでもいい」と言っていたことへの怒りをぶちまけた。
 反物を買ったより江は辰子から千円を借りるが、返済まで反物を没収された。ミッキーも千円の前借りを要求するが、辰子は「まだ入って1ヶ月だよ」と却下した。ミッキーが「ほんなら辞める」と言い出すと、倉造が千円を貸した。

 倉造は売春婦を集め、「売春禁止法はお前たちのためだと議員は言っているが、客を取ったら監獄にぶちこまれるとしたら、どうやって生活していく?本当にお前たちを心配しているのは俺たち業者だ。甘い話になんか乗っちゃいけないよ」と述べた。
 大阪のセールスマンはミッキーの客となり、「一緒に熱海へ行かへんか」と誘う。そこへ、より江が乗り込んできた。彼女が「このシマの掟知らないのか。仲間の馴染み客に指一本触れることできねえんだ」と彼女が怒ると、ミッキーは何食わぬ顔で「そんなに大事やったら、首に縄付けて番でもしといたらエエねん」と言う。「どっちを買おうとお客の勝手」と、男も開き直った。

 ハナエとゆめ子の慰めを受けたより江は、「つくづく嫌になっちゃったんだよ。客は付かないし、借金は増える一方だし、惨めな思いするばっかりだ。早くあの人の所へお嫁に行きたいわ」と漏らす。彼女は、いつか行く日のことを考えて嫁入り道具を買い集めていた。
 ハナエは「私たちのような商売の前借は無効になった」と言い、その判決を報じた新聞記事を見せた。ハナエは「ここを出れば借金は棒引きになるのよ。お嫁に行きなさい」と告げた。

 嫁入りを決めたより江のために、ハナエの家で宴会が催された。ミッキーは「お嫁入りが何やの。今と同じや。月決めで売るかショートで売るか、それだけの違いや」と悪態をつく。
 安吉はより江の肩を抱き、「私は嬉しいよ。あんな所でいつまでも働いている女は、人間のクズだ」と言う。より江は仲間からプレゼントを貰って感涙し、迎えの車で去って行った。

 ゆめ子は修一に会うために帰郷し、死んだ夫の実家へ赴いた。すると義母・門脇さくは、修一が1ヶ月ほど前から東京のオモチャ工場で働いていることを告げた。母の元へ相談に行くと言って、家を出たのだという。
 東京に戻ったゆめ子は、店から工場に電話を掛け、工場長に「よろしくお願いします」と頼んだ。帰宅したハナエは、首を吊ろうとする安吉を目撃した。ハナエは「意気地なし。どうして私が体を売って生きていく苦しさが分からないの。いいかげん分かってもいいはずよ」と叱責した。

 売春防止法が何度も提案されている影響で店の客足は引いており、新しい女の子も寄り付かない。給料日になるが、ミッキーは前借りが多いために棒引きされて稼ぎはゼロだった。やすみに借りている金も返せず、指輪でチャラにした。
 やすみはミッキーだけでなく全ての売春婦に金を貸しており、給料日に返済させた。組合の野村が来て、ニコニコ堂が夜逃げしたことを倉造に告げた。ニコニコ堂はあちこちから借りた金を踏み倒していた。倉造も仕入れ代として3万円を貸していた。

 やすみは青木と会うために赴いた食堂で、馴染み客の金田課長と遭遇した。金田は「妻子を亡くしている」と語っていたが、妻子と一緒に食事をしていた。金田は妻にやすみのことを問われ、役所のタイピストだと嘘をついた。
 妻が挨拶に来たので、やすみは話を合わせた。やすみは青木と会って15万円を受け取り、「腎臓を悪くして入院していた、また10万の借金が出来た」と嘘をついた。

 ハナエはより江が戻ってきたのを見つけ、声を掛けた。より江は「やっぱり夢見てたんだよ。相手はただ人手が欲しかっただけなの。人を雇えば金が掛かるけど私だったらタダだろ」と泣いた。そして「ひでえ貧乏なの、幾ら働いても楽になりゃしねえ。働いたら働いただけ自分の物になるこの商売がいいと思った」と言う。職安にも行ったが、売春婦ほど稼ぎのいい商売など他に無かったという。

 夢の里の女中・おたねは、若くして大金を溜め込んでいるやすみに感心した。すると、やすみは「ここへ来たのは会社の疑獄事件で刑務所に入った父の保釈金20万のためだったわ。たった20万のために私の人生はメチャクチャ。貧乏なんか大嫌いよ」と吐き捨てる。
 ミッキーの元に父が現れ、「親不孝もええかげんにしなさい。荷造りをしなさい」と叱った。「妻が去年の春にお前を心配しながら死んだ」と彼が告げると、ミッキーは涙を流した。

 父は「妹の縁談がある。姉が売春婦と知れたらダメになる。兄は官庁にも入れず会社でくすぶっている。お前さえ帰ってきてくれたら、何もかも円満になる。後添えを貰ったことだし」と言う。
 妻を亡くしたばかりで再婚したことを知り、ミッキーは愛人が大勢いたことを指摘して罵った。すると父は、「主婦というのは家の芯棒や。主婦がおらんでは店の信用にも関わります」と言う。

 自分を正当化する父に、ミッキーは「そんならなんでママを大事にしたあげへなんだんや。パパの極道でママはせんど泣いてはった」と泣いて非難した。ミッキーは「自分でさんざん極道しといて、今さら何が世間体や。ウチはな、パパを見習ろうただけや。何も言われることあらへん。妹がお嫁にいかれへんでもパパの責任や。今度はパパの苦しむ番や。どんなことがあっても帰らへん。帰るんやったらママのとこへ帰る」と告げ、父を追い払った。

 ゆめ子の元に修一から電話が入った。ゆめ子は工場に幾度も電話を掛けていたが、それについて修一は「もう電話なんか掛けないでくれ」と不愉快そうに言う。ゆめ子が「会って話したいことが出来たんだけどさ」と言うと、修一は渋々といった感じで「うるさいな。明日、工場の外で待ってるよ」と告げた。
 翌日、ゆめ子が会いに行くと、修一は「アンタが何して働いてるか、田舎の人たちみんな知ってる。恥ずかしくていられないから出てきたんだ」と渋い顔で告げた。

 「アンタ恥ずかしくないのか」と息子に罵られ、ゆめ子は「アンタを立派に育てるために、この年になってこの商売してるんじゃないか」と怒った。彼女は「もう商売が出来なくなる。そうなったらお前を頼るしかないじゃないか。そんなに怒らないでおくれ」と言うが、修一は「今日限りアンタと別れます。親だとか子だとか、そんなことは考えないでください。汚い」と母を突き飛ばして去った。

 店に戻ったゆめ子は、深く沈み込んでいた。頼んだ天丼にも手を付けないので、ハナエたちは下働きの少女・しず子に食べさせた。しず子は炭鉱で働いていた父が大怪我したので、九州から出て来ている。
 馴染みの客が来ても、ゆめ子は全く視線も合わさない。彼女は客の手を叩くと、うつろな目で歌を歌い始めた。彼女は発狂し、「修一、修一」と何度も息子の名を呼んだ…。

 監督は溝口健二、脚本は成沢昌茂((篇中一部分) 芝木好子 「洲崎の女」より)、製作は永田雅一、企画は市川久夫、助監督は中村倍也&増村保造、撮影は宮川一夫、編集は菅沼完二、録音は長谷川光雄、照明は伊藤幸夫、美術は水谷浩、タイトルは金子鴎亭、音楽は黛敏郎。

 出演は京マチ子、若尾文子、木暮実千代、三益愛子、菅原謙二、川上康子、進藤英太郎(東映)、見明凡太郎、田中春男(東宝)、沢村貞子、加東大介、十朱久雄、多々良純、丸山修、町田博子、浦辺粂子、春木冨士夫、入江洋佑、宮島健一、小川虎之助、高堂国典(東宝)、三好栄子(東宝)、小原利之、ジョー・オハラ、宮島城之、志保京助、竹里光子、目黒幸子ら。

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 溝口健二監督の遺作。溝口監督は次の作品『大阪物語』の撮影準備に入ったところで体調を崩し、1956年8月24日に逝去した。
 ミッキーを京マチ子、やすみを若尾文子、ハナエを木暮実千代、ゆめ子を三益愛子、栄公を菅原謙二、しづ子を川上康子、倉造を進藤英太郎、野々村を見明凡太郎、大阪弁のセールスマンを田中春男、辰子を沢村貞子、塩見を十朱久雄、より江を町田博子、安吉を丸山修、おたねを浦辺粂子、青木を春木冨士夫、修一を入江洋佑が演じている。

 まずタイトルロールで流れてくる音楽が、やたら前衛的なのに戸惑ってしまう。タイトルロールだけで済ませてくれるかと思ったら、その後も何度か「ヒョロロロロー」というミュージック・ソー(ノコギリ)の音が響いてくる。
 まるで幽霊でも出て来そうにサスペンスフルなんだが、それが内容に全く合ってないんだよな。実験的とか挑戦的とか、意欲を燃やすのはいいんだけど、まず何よりも伴奏音楽で大事なのは「その映画の雰囲気に合っているか」ということなのに、それを無視してるだろ。

 売春防止法制定が迫る当時の社会情勢を取り入れた作品で、作中の一部は芝木好子の小説『洲崎の女』を基にしている(ただし舞台は洲崎ではなく吉原)。今回はヒロインを一人に絞らず、群像劇として描いている。
 これが遺作だと前述したが、つまり溝口健二監督は最後までブレなかったということになる。何がブレなかったかと言うと、それは「男はロクでもない奴ばかりで、女は辛い目に遭わされる」というモチーフのことである。溝口監督は一貫して、そのモチーフを描き続けてきた。

 倉造は「俺たちは政治の至らないところを補っている。社会事業をやっている」と言うが、ただ金を稼ぐためにやっているに過ぎない。ミッキーは売春婦をノリノリでやっているように表面上は見えるが、「父親の道楽で母が悲しむのを見てきた、それでグレた」という事情を抱えている。
 ミッキーだけでなく、画面には登場しない母親もまた、哀れな女である。そして、妻を大事にせず女遊びをしまくっていたくせに、今になって世間体を気にして娘を連れ戻そうとするミッキーの父親は、ロクでもないオッサンである。

 やすみは割り切って今の仕事をしており、男を利用して金を騙し取る女だが、そもそも売春を始めたのは投獄された父の保釈金を支払うためだったという悲しい過去がある。そのせいで彼女は、貧しさを憎んでいるのだ。
 そんな彼女に騙されて店の金を使い込むニコニコ堂や青木は、愚かな男どもだ。そして「妻子を亡くしている」と嘘をついていた金田は、とてもカッコ悪い男だ。

 ハナエはクビになった夫と幼い子供を養うために、売春婦という仕事を選ばざるを得なかった。そのように妻が家庭の事情で売春婦をしているというのに、夫は「あんな所でいつまでも働いている女は、人間のクズだ」と平気で口にする。
 妻が差し出したラーメンを、夫は何の遠慮もせず平気で食べ尽くす。やがて絶望し、首を吊ろうとする。どうしようもなく情けないダメ人間だ。

 ゆめ子は息子を育てるために、年を取っても売春婦の仕事を続けている。だが、その苦労を息子に理解されずに拒絶され、発狂する。母を扱き下ろし、軽蔑した息子は、その気持ちが分からないではないが、やはりロクな奴ではない。
 より江は結婚を夢見ていたが、その相手はタダで働く使用人を欲していただけだった。より江は男と別れてマトモな職に就こうとするが、結局は稼ぎのデカい売春婦の仕事に戻ってくる。哀れな女である。
 そもそも、この頃の売春婦は今の風俗嬢とは違い、好き好んでその仕事を選んだ者など皆無だ。売春婦という時点で、何か幸福ではない事情があってそうなっているのだ。

 しかし今回は、やすみが男を騙しても、打ちのめされることなく終わっている。青木に首を絞められて失神しているが、それだけで済んでいる。ニコニコを騙して夜逃げさせても、青木に会社の金を使い込ませても、最後は成功者となって終わっている。これは溝口監督の作品にしては珍しいことだ。
 ただし、やはり溝口監督作品なので、成功者を見せて終幕を迎えることは無い。初店に出されることになったしず子が、物陰から遠慮がちに男に声を掛けようとして怯えた表情を見せ、また物陰に引っ込むというところで「終」のマークが出る。
 単純なハッピーエンドなど、溝口監督には似合わないのだ。

(観賞日:2010年3月19日)

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