「ショートショート」逆。
男は目を覚ます。
自分が何者でそして産まれた事すら知らない。
本能的に息をして本能的に手足を動かす。
「あー。うー。だー。」
男は喉の異物を取り除こうと声を発する。
どこから聞こえた音なのか男はキョトンとする。
そして自分から出ている音である事を後に知る。
目の前に映る白い壁。
どれくらいここに閉じ込められていたのか、白の壁な下は湿気とカビで黄ばんでいた。
ベッドで足掻いていると錆びた足が折れ、コンクリートの床に転げ落ちる。全裸の男はコンクリートの冷たさを不快に感じ手足で器用に四つん這いになると小さな部屋を獣の様に歩きまわる。
長年ここにいたのか男の髪と髭は伸びており、歩く度に手足で踏んでしまいその度に痛さを感じて床で体を捩る。
そして、歯で髪と髭を噛み切り男は味覚を覚えた。意識が遠くなってきたら髪を食べ。そして髭を食べた。その時、男が初めて覚えた生への執着だった。
男はコンクリートの部屋を歩き回り、手足の不快感と頭の違和感。瞼の重みを感じれば体を丸め眠りについた。
目を覚ますと狭い部屋を這いずり、腹が減ったら髪の毛と髭を食う。どれくらいこんな生活を送っただろうか。
男は、ある時は暗くなり、ある時は明るくなる事を知った。体一つ入れるくらいの窓。そこから入る光がどうやらそうさせている事を男は発見した。
壁に手をつき後ろの足に力を込める。体を壁に預け2本の足で立ち上がる。
手を使い、壁を押す。
四つん這いの生活から高い視点に環境が映る。
初めて見る色に恐怖を覚え膝から崩れ去る。体を丸め小刻みに震える。激痛からくる拒否反応。
男は初めて外を知った。
しかし、本能のそれがそうさせたのかは疑問だが、男は恐怖に感じながらも毎日壁に体を預け2本の足で立つ事を諦めなかった。
フルフルと足を震わせ一歩。翌る日には二歩っと歩く事を知った。
窓から見える景色は枯れた草木。
永遠に続く灰色と茶色の干上がった大地。
男は皮と骨しかない体をくねらせ窓に体を押し込む。ボトっと鈍い音を立て地面に落ちる。
初めて外の世界を経験した男は恐怖を感じ窓に体を押し込みと元の部屋に戻って体を震わせた。
それから、どれくらい経った事だろうか。
男は何を思ったのかまた窓に体を押し込み外の世界へ身を投げた。
警戒心からか男は姿勢を低くし、四つん這いで這い回る。
前方を睨みつけながら鼻で地面の匂いを嗅ぎ男は這いずりだした。
どれくらいの距離を這っただろうか。
男はこの土地が自分に危害を加えない事を知ると2本の足で歩き出した。
腹が減ったら髪の毛と髭を食い。
落ちている、砂、草、木を食った。
その中で草はどんなものより食いやすく男は草を食いながら歩き続けた。
どれくらいの月日を歩いただろう。
前から男ににそっくりな動くものがやってくる。
丸坊主のそれは布を纏い、男を下から睨みつけ、
「何であんたは逆さまなんだい?」
っと聞いてくる。
それは頭を下にして手で立ち、足を上にしながら歩いている。足の指をポキポキと鳴らしたそれは、「世の中には不思議な奴がいるもんだね」っと言うと手を器用に使い走って遠くに行ってしまった。
丸坊主のそれが走りさった後、男は少し歩き木の下で休むと地面に手をつき地面を蹴り上げ、逆になる練習をした。
おしまい。
tano