「解像度」というビジネス用語に覚える違和感
ここ数年、ビジネスの場で「解像度」という言葉が広く使われるようになった。ビジネス用語としての「解像度」について解説した本によると、次のような意味で使われているらしい。
しかし、普段写真を撮っている人間からすると、このビジネス用語としての「解像度」の使われ方にモヤモヤする点があった。今日は、このモヤモヤ感を整理したいと思う。
1. 「解像度」はアウトプットの精細さを図るもの
解像度は dpi という単位で表現されることが多い。dpi とは dots per inch の略で「1インチあたりの点の数」と言う意味だ。
印刷物やディスプレイなどは、小さな点が集まって画像・映像を表示している。この点の密度が高いほど精細な形を表現できる(=解像度が高い)。下の絵では、1インチ四方の正方形を10×10に分割してハートを描いた場合(10dpi)と、20×20に分割してハートを描いた場合(20dpi)を比較している。20dpi(右)の方が精細にハートを表現できているのが一目瞭然だろう。
しかし、dpi が「1インチあたり」として定義されているように、解像度は出力のサイズに依存する。例えば、下の絵で分かるように、10×10の情報しかない場合でも、大きく表示するのと小さく表示するのでは、絵の滑らかさ(解像度)は異なる。つまり「解像度」とは情報が物理的に出力されて初めて決まるものである。
したがって、「佐藤さんの説明は解像度が高い」や「この小説は最近の受験生についての解像度が高い」といった使い方は妥当だ。「説明」や「小説」といったアウトプットを評価しているからだ。
他方で、「鈴木さんは顧客のニーズに対する解像度が高い」のような使い方には違和感がある。このケースでは顧客に対する理解度、すなわちインプットの受け取り方が評価対象になっているにも関わらず、アウトプットに関する評価指標を用いている。鈴木さんの説明や提案などの解像度は測れるが、鈴木さん自身に解像度はない。
2. インプットを受け取る際の精細さは「分解能」
デジタル写真で、どのくらい細かなものまで表現できるかは「分解能」(正確には「画素分解能」)という指標で測ることができる。大まかに定義すると
$$
\text{画素分解能} \equiv \frac{\text{写る範囲の実世界での広さ}}{\text{画素数}}
$$
である。要は1つの画素が担当するエリアの大きさだ。1つの画素は1つの色と明るさしか表現できない。1画素で広い範囲を担当する場合、その範囲内での色や明るさの変化は失われてしまう。したがって、画素分解能の値が小さい(各画素が担当する範囲が狭い)ほど、細部の情報まできめ細かく表現できる(=分解能が高い)。
先ほどの例文でいれば、「鈴木さんは顧客のニーズに対する解像度が高い」ではなく「鈴木さんは顧客のニーズに対する分解能が高い」と言うべきだ。その方が「顧客の属性(年齢、性別、職業、居住地など)に応じたニーズの違いを細かく把握している」というニュアンスが正しく出せる。
3. 「解像度」と「画素分解能」を分けるメリット
わざわざ「解像度」と「画素分解能」を別のものだと理解することの(ビジネス上の)メリットはなんだろうか? 大きく2つのメリットがある。
メリット①:アウトプットとインプットのバランスが大事だと分かる
例えば、髪の毛1本1本を分けるほどの精細な写真を撮影できたとしても、印刷の解像度が低ければ、印刷物上では細かな動きなどは分からない。逆に、撮影の段階で細部を捉えることができなければ、髪の毛の細かな動きまで高解像度で印刷しようと思っても実現することはできない。
これをビジネスの文脈に翻訳すれば、「物事をしっかり理解できていたとしても、喋りや文章が下手で相手に伝わらなければ意味がない。逆に、喋りや文章が達者でも、話すべき内容がインプットできていなければ意味がない」となるだろう。解像度の高い話や提案をするためには、インプットの質・量を高めることとアウトプットを訓練することの両方が必要だ。
メリット②:アウトプットを前提にインプットできる
解像度はドットの数と出力のサイズで決まる。つまり、解像度と出力のサイズが分かれば、必要なドット数(画素数)が逆算できるということだ。実際、写真の世界でも、非常に大きな看板広告などに印刷することがわかっていれば、1〜2億画素もあるカメラを使う(一般向けの一眼カメラは2,400万画素程度だ)。
ビジネスの文脈ではどうなるか? 例えば、1冊の本を読む状況を考える。この本を元に30分間のプレゼンをしないといけない場合には、求められる解像度も高く、アウトプットの分量も必要だ。そういう場合には、本の細部までインプットする必要があるだろう。一方で、雑談の話題にする程度であれば、それほど高い解像度は必要ないし、話す分量も多くない。この場合には、本の要点や面白かったポイントさえ押さえられていれば事足りる。
4. 画素数が高い方がいいわけではない
では、画素分解能を高める(写る広さ÷画素数の値を下げる)には、どうしたらいいだろうか?
一番わかりやすいのは「画素数を上げること」だ。新しいスマホが出ると「カメラの画素数が上がった」と宣伝されることも多いし、一般の感覚だと「画素数が多いと良いカメラ」と思うだろう。
しかし、写真の世界では「画素数を上げること = 常に良いこと」ではない。「画素数が多いと、暗所で写真を撮った時に画質が落ちる」と言われている。(センサーのサイズが一定の場合)総画素数が多くなるほど1画素が受け取れる光の量が減ってしまうため、ノイズが出やすくなるためだ。画素数が大きくなるメリットを活かすためには、十分な光の量が必要だ。
ビジネスの分野で言えば、
サンプル数の少ないデータを過剰に分析した結果、本来はありもしない傾向を見出してしまう
1冊の本を読み込みすぎた結果、そこに載っている誤情報を信じてしまう
といったケースが「光の量が不十分なのに画素数を上げてしまった状況」だと考えられる。
5.映す範囲も重要
画素数が一定でも画素分解能を高める方法はある。写る範囲を狭めることだ。例えば、集合写真だと表情くらいしか読み取れなかったとしても、顔のアップの写真を撮れば毛穴まで写る。
もちろん視野が狭まっているということは意識する必要があるが、わかりやすい形で分解能を高められる。
写真に写る範囲を狭める手段は大きく2つある。
手段①:望遠レンズを使う
同じ場所に立っていたとしても、望遠レンズを使えば小さなものを大きく写せる。
ビジネスの分野で言えば「狭い範囲に絞ってインプットすること」だろう。いきなり「色々なことを深く知っている」という人にはなれないが、「ある分野のことならよく理解している」人にはなりやすい。周囲と違った専門性を持っていれば、それだけで十分重宝される人物になれる。
手段②:被写体に近づく
同じレンズを使っていたとしても、被写体に近づけば大きく写せる。
ビジネスの分野で言えば「一次情報に詳しくなること」だろう。「実際に現場で見聞きしたこと」や「実際にデータを触ってみた感覚」などは、単に本などを読んだだけでは身につけることはできず、非常に価値があるものだ。この場合、たった1つの分野だったとしても、周りの知らない「生の体験」を提供できれば、十分に話を聞くに値する人物になれる。
6. おわりに
ここまで読まれて「細かいことは気にせず『解像度』でまとめればいいじゃん」と思われるかもしれない。実際、英語にしてしまえば解像度も分解能も「resolution」であるし、日本語でも両者を区別せずに「解像度 = ピクセル数」程度の意味で使う例もある。僕自身もそんな細かな使い分けに拘らなくてもいいと思っている。
だが、「解像度を高めよう」という主張と「解像度と画素分解能の違いなんて気にしなくていい」という主張は相容れない。前者は「物事を細かく理解しよう」という発想であり、後者は「大雑把な理解でいい」という発想だからだ。声高に「解像度」を叫ぶのであれば、何よりもまずは「『解像度』とは何なのか」ということに関する理解を深めるべきではないだろうか。
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