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成瀬あかりは令和版ルフィである
「あなたが今年ハマった小説はなんですか?」と聞かれれば、私はノータイムで『成瀬は天下を取りにいく』と答えます。
『成瀬は天下を取りにいく』について
『成瀬は天下を取りにいく』は、2023年3月に出版された宮島未奈さんのデビュー作であり、2024年本屋大賞を含め15冠もの賞を受賞した今年の顔とも言える作品です。
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本作は主人公である成瀬あかりと、親友である島崎を中心とした周りの人物が、滋賀県大津市で繰り広げる日常を描いた作品であり、2024年1月には続編の『成瀬は信じた道をいく』も出版されています。
今回はそんな成瀬あかりの魅力について、私なりの視点から分析したいと思います。
成瀬あかりはなぜ魅力的なのか?
成瀬あかりが現代人にここまで刺さった大きな理由に、私たちが大人になる過程で諦めた真っ直ぐさを、成瀬あかりがずっと持ち続けていることが挙げられると思います。
成瀬あかりはこういった主人公によくある「本当は辛い過去があって…」とか「本当は深い闇を抱えていて…」といった設定は一切なく、本当に純粋で真っ直ぐな人物なんですよね。
時々描かれる家族の何気ない言動からも、成瀬あかりは子供の頃からずっとこのようにして生きてきたことが分かります。
よくジャンプ漫画などでは、精神的に弱った主人公が仲間と共に苦難を乗り越えるみたいな展開がありますが、成瀬あかりにはそれがない。
そんな過去類を見ないほど真っ直ぐな主人公像が、現代の人々に刺さったのではないでしょうか。
加えて私がこの作品の上手いなと思った点は、成瀬あかりという圧倒的主人公を描きながら、語り手が当人ではなく私たちと同じ価値観を持った一般人であるという点です。
メインの語り手を務める親友の島崎は自分のことを「自称成瀬と同じマンションに生まれついた凡人」と自負しているほど、限りなく私たちに近い人物として描かれています。
本編を読み終えると気づくのですが、親友の島崎や周りの人々は成瀬あかりと関わることで精神的に成長していく過程が描かれている一方で、成瀬自身は良い意味で精神的な浮き沈みがなく、ずっと言動が一貫しているんですよね。
だからこそ私たちは、自分たちに近い境遇である島崎達に感情移入すると同時に、成瀬あかりに憧れを抱かずにはいられなくなるのでしょう。
本作を読んだ皆さまも、「成瀬あかりになりたい!」ではなく「成瀬あかりが私の学生時代にいたら!」という感想を持ったのではないでしょうか。
まさしく唯一無二の主人公といえます。成瀬あかり、恐るべし。
成瀬あかり=令和版ルフィ
加えて、著者の宮島さんが意図的にしているかは分かりませんが、本作品には成瀬あかりの心理描写が一切描かれていません。
前述した通り、各物語の語り手となっているのはあくまで周りの人物であり、成瀬あかりの言動は全て彼ら彼女らの視点から描写されています。
面白いことに、この手法はワンピースの尾田栄一郎さんがルフィに対して行っているやり方と全く同じなんですよね。
以下、ワンピース54巻のSBS(質問コーナー)での回答を抜粋すると、
Q : 質問なのですが、1巻から読み返しても、ルフィの心理描写がほとんど
ないことに気がつきました。それはなぜでしょうか。
A : なるほど〜54巻目にしてすごいとこに目をつけましたね〜。
そうなんです。これは初めから決めていた事なんですが、ルフィに関して
は心の中のセリフは書かないと決めているのです。
読者に対して常にストレートな男である為に「考えるくらいなら口に出
す」または「行動に移す」という事を徹底しております。
この先もルフィは考える前に動きますよ!!
この回答と同様に、本作では"成瀬あかりの心の中のセリフを書かない"という事を徹底しており、心理描写がないことで成瀬あかりという存在にある種の「予測不能感」と「カリスマ性」が生まれているんですよね。
このような背景があるからこそ、成瀬あかりが唐突に発する
「島崎、わたしはお笑いの頂点を目指そうと思う」
といった発言に爆発力が生まれるのでしょう。
これはもう令和版ルフィといってもいいのではないでしょうか。
改めて成瀬あかり、恐るべし。
終わりに
長々と話してしまいましたが、要は私もそんな成瀬あかり史を見届けたい
一人だということですね。
今回紹介した『成瀬は天下を取りにいく』および続編の『成瀬は信じた道をいく』が未読の方はぜひ一度手にとってみてください。
最後までお読みいただきありがとうございました。