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転んだ先の杖:2025年の目標

2025年が始まった。2020年代後半と言われても実感がない。
今年もどれほど達成できるか分からないけど、新年の目標を立ててみたい。

転ばぬ先の杖

去年の後半は気分が落ち込むことが多かった。簡単に言えばニヒリズム的なことを考えてしまうことが多かった。よく知っている有名人の訃報が年の後半に多かったのも一因かもしれない。
3~4年前にもコロナ禍で気分が落ち込むことがあった。その時は仕事への向き合い方が分からなくなった。
そこから哲学をかじるようになって色んな考え方を知るようになった。具体的にはドゥルーズーベルクソンみたいなライン(生の哲学)に傾倒していった。今回の落ち込みはニーチェを知るきっかけになった。(ニヒリズムといえばニーチェという単純な理由)実はポピュラーなドゥルーズ解釈の側面では、ニーチェはベルクソンとスピノザと並んで関連している。

気持ちが落ち込むことがなければ哲学には出会えなかった?
一度も転んだことがない人に杖は必要なんだろうか?
別に哲学=杖の比喩に何を代入してもらっても構わない。
誰かが転んだから杖が必要とされ作られたのであって転ぶより先に杖ができていたことなんてないんじゃないだろうか。
その杖が誰か他の人の役に立つということはあるかもしれない。
過去の哲学者の強靭な思想は自立した杖のように思える。
それはある道を進む時に役に立つかもしれない。

自分用の杖を作る

しかし、人間とは身勝手なもので他人の道具を使うだけでは満足できなくなってくる時がある。自分の身体にフィットした自分用の道具を探したり、あるいは作ってみたくなってしまうものである。
それは自立する杖ほど上等なものではないかもしれないが、バランスを崩しそうになった時に役に立てばいいのである。

木を見てから森も見る

SNS・エンタメ・選挙…なんでもいいのだが、考察や○○論、ポジショントークなどばかりが先行していて、個々の話や作品(あるいは政策でもいい)の内容が無視されてメタ言説や印象論ばかりが飛びかう空中戦になっている印象が個人的にはある。(木を見ず、森を見る)
1本1本の木の良し悪しは無視され、みんな森林の管理をどうするかの話ばっかりしている。自分としては地上戦で木(ベタ)も見るし、森(メタ)も見るスタンスでコンテンツや言説に向き合いたいと思っている。

目標(箇条書き)

  • 自分の杖を作る

  • ベタ/メタの両立

  • 同人誌作る

  • ベルクソン・スピノザ・ニーチェ読む

  • ドゥルーズ読む

  • 沢山映画を観る(年30本目標)

  • 沢山本を読む

  • 沢山アニメを観る

  • 将棋・麻雀・ポーカー上手くなる

  • 仕事(生成AI)で成果出す




あとがき

正直目標書くためのネタが無かったのだが、年末に読み始めた福尾さんの『ひとごと』のはじめにから自立する杖というモチーフを拝借した。
仕事に関しては書けなかったけれど、自立したAIであるAIエージェントが今年は流行しそうな傾向があるので以外にも自立というモチーフは仕事にも関連している。道具としてのAIが自立した時、人間ーAIの関係はどうなるのかなど、深掘りできそうな問いはある。
趣味(将棋・麻雀)については不透明。具体的な目標がない。去年の12月には麻雀が上手く行かな過ぎてポーカーのアプリをインストールして始める始末だし、こうやって色々なものに手を出していくものなのかもしれない。


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Pochi@生成AI活用
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