【倒錯のロンド】(ネタバレあり)
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜叙述トリックの名作〜
ミステリー小説において、「叙述トリック」というワードを出してしまうとそれ自体がもはや「半分ネタバレ」になってしまうのだが、本書は出版社の紹介文にも「叙述トリックの名手・折原一の”原点”に位置づけられる名作」という記載があり、「これは面白い叙述トリックですよ」と宣伝しているため、まぁ、ネタバレ前のこの時点で「これは叙述トリックものですよ」と明言しても差し支えはないだろう。
というわけで、本作は面白い叙述トリック小説である。
叙述トリックとは、本文自体にトリックが仕掛けられており、作者が読者を騙すために使われる手法である。よくあるパターンとしては、事件を追うように見せかけた主人公が実は犯人であったとか、「わたし」という一人称で語っていた登場人物が女ではなく男であったなどである。
叙述トリック自体が読者にとってフェアではないと感じて毛嫌いする人もいるだろうが、僕は個人的には好きなミステリジャンルである。性質上同じパターンを使えないという制約があるため、叙述トリックものは基本的に出会ったことのない新しい驚きがいつもあるからだ。
本作の作者である折原一さんの作品は今作がはじめて読む作品である。平易な読みやすい文体で、遊び心にあふれたミステリ作品となっている。
どうしてもトリックそのものは30年以上前に書かれた作品であることからも、少々古臭さを感じてしまったが、ラストのたたみかけ(まさにたたみかけ)は読む手が止まらなかった。
ネタバレ前に最後に書きたいこととして、
本作は一発どんでん返しというよりも、いくつものミスリードが仕込まれていて、文章の平易さからの印象よりも非常に複雑な構造となっている。しかしながら、ラストにかけての著者による丁寧すぎる正解発表で、誰も追いつけないような難解なミステリにはなっていない。あくまで読者に楽しんでもらうことを念頭においているように感じて、非常に好感が持てた。
叙述トリックが苦手だという人も、モノは試しに読んでみるのをオススメしたい。折原さんの他の作品もぜひ読んでみたいと思わせてくれた一作であった。
以下ネタバレ。
(ネタバレ感想)
さて、では本作のメインとなる叙述トリックから紹介しよう。本作の肝となるトリックは大きく2つである。
①実は盗作をしたのは山本であった
本書では「山本が盗作された」ように話が進行していくのだが、実際には「盗作していたのは山本」なのであった。
山本は物語の中で次第に狂っていったのではなく、最初から狂っていたのだ。白鳥が書いて新人賞を受賞した「幻の女」は第20回新人賞の受賞作であり、書店では既に並んでいた作品である。山本が書店で「幻の女」の構想が閃いたのは単に「幻の女」を読んだだけのこと。それを書き写して第21回の新人賞に応募した、というわけである。
主人公が狂っていた、というのは今ではいささか飛び道具のような気もするが、まぁ古い作品なのでそこはご愛嬌。
②永島と白鳥は別人であった
永島が山本から手に入れた原稿を応募して、白鳥翔として華々しく作家デビューしたように見せていたが、実際には永島と白鳥は別人。永島は山本が書きうつした原稿を白鳥翔として第21回新人賞に応募したが当然、前年の受賞作と同じ作品であったため出版社からは見向きもされなかった。原稿を手に入れるまでに殺人を犯してしまった永島はその事実に気づき、やぶれかぶれになって山本をも殺そうとしていた。
実はこの点については、読んでいてなんとなく気づいていた。冒頭の永島のクズっぷりから白鳥への変貌が、僕にはどうも不自然に思えて、同一人物とは考えられなかったのである。
結果的に白鳥は本当に作家の才能などない一発屋であったことは、笑い話である。
と、本作のメインのトリックは以上なのであるが、普通のミステリならここで物語を終えるところ、これらの真実が明らかになってから、物語はさらに二転三転するのが本作の面白いところだ。
実は、この「倒錯のロンド」自体が山本の作品であった。
山本は「幻の女」を盗まれた(と思っている)が、逮捕後の白鳥のマンションに侵入した時、白鳥のデスクにある原稿を見て「倒錯のロンド」の構想を思いつく。山本はこれまでの白鳥との経緯を手記に残しており(永島はこの手記をもとに「盗作の進行」を書いて応募するが、それが仇となり逮捕される)そのまま白鳥の家で作品を執筆してしまう。つまりは「倒錯のロンド」自体が作中作なのである。
白鳥が山本の「倒錯のロンド」を盗作する
釈放された白鳥がマンションに戻ると、山本が書き残した「倒錯のロンド」があった。スランプに陥っていた白鳥はこれをまんまと自分の作品として担当者の藤井のもとに持っていく。
広美を殺害したのは白鳥だった
これにはすっかり騙された。事の真相がわかった時点で、広美も永島に殺されたものだと思っていたが、実は白鳥を殺したのは白鳥であり、そこは「倒錯のロンド」の中では、白鳥の手で事実をぼかして書かれていた。
そして、この直後、白鳥も相応の制裁を受けることになる。
山本の母が山本の「倒錯のロンド」の原稿を白鳥から奪い返す
ラストシーンで山本の母が白鳥を刺して原稿を取り戻すシーンは圧巻である。
あれだけ作家になることを反対していた母親が自分の手を汚して白鳥から原稿を取り戻すのは、なんとも言えない感動がある。
白鳥もしっかりと罰を受けて、これでいよいよ物語はクライマックス…。
最後には作者自身が登場
僕が読んだ文庫版では最後にあとがきがあるのだが、ここにまで驚きの展開がある。
作中の山本は実は本作の作者・折原一であるというのだ。
このあとがきがかなり強烈な余韻を残す。一瞬、本当に虚構と現実の区別がつかなくなってしまう。
当然、「山本=折原一」というのはフィクションであるのだろうが、このあとがきが「作中作の作中作」という構造を生み出してしまい、マトリョーシカのような小説になってしまったのである。
最後の最後までサービス精神に溢れた作品であり、読後の満足度はかなり高い一作だ。