【行動経済学の逆襲】行動経済学の発展を辿るドキュメント
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜行動経済学入門には他の本を〜
最近もっぱら話題の行動経済学。
その行動経済学の中でも有名な「ナッジ」の提唱者の1人であるリチャード・セイラーが語る、行動経済学が経済学界で頭角を表すようになるまでの過程が描かれたドキュメントである。
なので、行動経済学の入門としては向いてはいない。ある程度行動経済学を知っている人であれば、行動経済学が1つの学問として確立するまでどのような壁がありそれらをどのように乗り越えてきたのか、そのエピソードの数々は非常に興味深く面白い。行動経済学において提唱される概念や考え方がどのように生まれたのかを知る事は行動経済学を見識を深める事に大いに寄与すると思う。しかし、新たに行動経済学を学ぶ、という意味では最初に読む本では無いだろう。
〜ぐうたら学者の逆襲〜
さて、本書の著者であるリチャード・セイラーは自らを「ぐうたら」と言っている(「ファスト&スロー」の著者、ダニエル・カーネマンも彼のことを「ぐうたら」だと評価している)。
しかし、彼が「ぐうたら」だったからこそ、この行動経済学という学問が誕生したとも言えるのである。
従来の経済学における人間観は「人間は常に合理的な判断をする」(このような人間を本書では「エコン」と呼んでいる)。
それに対して、行動経済学においては「人間は度々非合理的な行動をする」(このような人間を本書では「ヒューマン」と呼んでいる)と考えている。
印象的なのが、セイラーと経済学者ロバート・バローの会話だ。
ロバート・バローは緻密な洞察力をもつ頭の切れる人物なのだが、
私はバローに、私たちのモデルの相違点は、バローは自分のモデルの行為主体が自分と同じくらい賢いと想定していて、私(セイラー)は自分のモデルの行為主体が私と同じくらいまぬけだと想定していることだと話した。バローもこの評価には同意した。
という、注釈に小さく書かれているこのエピソードが、経済学と行動経済学の関係を見事に表していると思う。
「ファスト&スロー」の書評でも書いたが、従来の経済学はエコンの存在が前提となっていた。しかし、人間はエコンのように間違いを侵さない存在では無い。むしろ、バイアスやヒューリスティックに惑わされて非合理的な振る舞いを行う。そんな人間観を前提とした経済学が現実に沿うような法則やモデルを生み出しているのか?というところに、ダニエル・カーネマンもリチャード・セイラーも疑問をもったのだ。これが行動経済学の始まりなのである。
人間は合理的に行動する、という前提を覆すためには、ぐうたらなセイラーの存在は大きかったに違いない。
「人間はそんなに賢くないでしょう?」
〜行動経済学の真意〜
つまり、行動経済学とは、ざっくり言えば「人間はそこまで賢くないよね」という問いから展開されてきた。
行動経済学は「ナッジ」に代表されるように、さりげない事で人を動かす、小さな事で大きな成果を出す、と言ったような、非常にクレバーな学問だというイメージがある。
しかしながら、本当のところは「本当にクレバーな人間なんていないよね」という学問なのだと思う。
行動経済学を実際のビジネスや政策に取り入れる取り組みが注目されているが、本書の終盤ではまだまだ実践にはデータや実験が足りない、と書かれている。
大規模な事業に取り入れるには、実績がまだまだ足りないし、心理的操作のようなイメージがまだまだ拭えないのが実際のところのようだ。
しかし、期待される学問である事は間違いない。
何よりも、著者自身が述べているように、行動経済学は楽しい。
今後も注目の分野である。