見出し画像

【誓願】(ネタバレあり)「侍女の物語」のモヤモヤをこの一冊で解消

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆

〜「侍女の物語」正統続編〜

以前このnoteでも紹介している、ディストピア小説の傑作「侍女の物語」の正統続編である。

30年前に書かれた作品であるにも関わらず、前作がトランプ政権が誕生したのをきっかけに再び売れ出したことやHuluでドラマ化されたことで脚光を浴び、「侍女の物語」の読者が爆発的に増えたそうだ。

そして、そんな読者たちから著者であるマーガレット・アトウッドは「ギレアデはその後どうなったんですか?」など様々な質問を受けたらしい。
いわば、「『侍女の物語』の読者が待ち望んでいた続編」と言っても過言ではない。

前作では、ギレアデにおいて女性の中で1番階級の低い1人の<侍女>からの視点だけで描かれていたが、本作では女性の中での上級階級である<小母>、前作の主人公・オブフレットの娘(と思われる)2人の少女ー1人はギレアデ内で<小母>を目指す<誓願者>、もう1人はギレアデから脱出しカナダに匿われた少女ー、この3人の視点から物語が語られる。閉塞感でいっぱいだった前作と比べ、かなり立体的に奥行きが生まれた本作では、ギレアデの設立のエピソードなど、前作ファンも納得の出来となっているだろうと感じた。

また、前作よりもサスペンスフルでエンタメ性も高い。本作単体でも面白いのだが、ぜひとも前作とあわせて読んでいただきたい。


〜社会主義、全体主義、独裁主義への道はファンタジーではない〜

それにしても、30年前のギレアデの設定をそのまま用いても現代で十分通用する物語になってしまうのは、「侍女の物語」の先見性も然り、現代がギレアデのような国家に着実に向かっているのではないか、という不安すらある。

洪水、森林火災、トルネード、ハリケーン、水不足、地震…。これが多すぎ、あれが少なすぎる。インフラの老朽化ーどうして手遅れになる前にああいう原子炉をだれか廃炉にしておかなかったんだ?悪化する一方の経済、失業問題、下がり続ける出生率(中略)
人々は不安になっていた。そのうち怒り出した。希望のある救済策は出てこない。責める相手を探せ。
「誓願」本文より

ギレアデが生まれる過程の中にあったこの本文を読むとゾクリとしてしまう。今まさに僕たちの事を書いているのではないかと。

ここで、「世界史の構造的理解」に書かれていた、ローマ共和政時代末期のギリシャ人歴史家ポリュビオスが提唱した「政体循環論」を思い出す。

・君主制が劣化すると独裁制になり、独裁者を貴族たちが倒して貴族制が樹立され
・貴族制が劣化すると寡頭制になり、腐敗した特権階級を民衆が倒して民主制が樹立され
・民主制が劣化すると衆愚制になり、衆愚制の混乱を収束するかたちで君主制が樹立する
「世界史の構造的理解」より

というかたちで政体がサイクルするのが「政体循環論」である。
現代は上記のサイクルの3つ目に来ているのではないか、と僕は感じる。
世界中どこを見ても「何とかしてくれるカリスマ的な誰か」の出現を誰もが待ち望んでいるように思えるのだ。本作は全体主義や社会主義に対してハッキリと否定の意思を表しているが、ギレアデのような閉塞した世界になるのも時間の問題なのかもしれない。


※ここから先、ネタバレあり


〜(ネタバレあり)〜

そんな不安に駆られる現代であるが、本作は間違いなく希望の物語である。

どれだけ抑圧された世界になっても戦い続ける事で光が見える。月並みなのだが、そんな物語なのだと一言で言えばそう表せる。

本作でやはり語るに外せないのが、前作では執拗なまでに侍女たちを追いつめる役割だったリディア小母の存在だろう。
彼女は物語の中で唯一、ギレアデ創設から終焉までを奥深くまで把握していた人間である。
彼女の行動がギレアデ終焉のきっかけとなったことは間違いない。しかし、彼女はギレアデの中ではかなりの権力と地位を持った女性である。そのままギレアデで粛々と日々を過ごしていれば安泰とも思えるのに、彼女はギレアデに対して謀反を起こした。

その動機は、正義感ではない。
彼女個人の尊厳のためなのである。
どれだけ地位と権力を与えられようと、自由を奪われ、制限を加えられたシステマティックな政体においては、どうあったって歪みは必ず発生する。リディア小母がそのシンボルと言っても良いだろう。

社会主義や全体主義が維持できない原因は、まさしくリディア小母の存在なのである。
抑圧された社会では彼女の中に鬱積した思いのようなものが、発生しないわけがない。

前作をシンプルに「女性差別」がテーマだったのだとすれば、本作は現代社会全体にまで広がった。その広がりを持たせたのはグレーな存在として際立つリディア小母の効果なのは間違いない。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集