【ボヴァリー夫人】理想と現実に翻弄される不倫小説
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆☆
〜「ボヴァリズム」の語源〜
何かの折に「ボヴァリズム」という言葉を知った。夢と現実の不釣り合いから幻影を抱く精神状態のことを指す。
言い換えれば、豪華な暮らしや刺激的で幸福な生活を夢想しながらも、単調で退屈な現実とのギャップに困惑してしまうような状態のことをいう。
本作は言ってしまえば「不倫小説」なのだが、「ボヴァリズム」の語源ともなっている。タイトルにもなっているボヴァリー夫人はまさにそんな人物なのだ。
幼い頃から恋愛小説を読み耽り、ロマンチックで刺激的な恋に憧れている。田舎医者と結婚するも退屈な結婚生活に嫌気がさしている。ロマンチックで情熱的な恋を求め、夫の目を盗んで不倫に走り、情事にのめり込むことで借金を膨らませていく。
身の丈に合わない理想を追い求めすぎることで、どんどん破滅に突き進んでいくボヴァリー夫人の姿は、いわば自業自得とも思えるが、一方で多少なりとも自分にも「理想の自分と現実の自分に落胆してしまう」面はあると思うと、単なる身を滅ぼす不貞を働いた1人の女の話、という他人事フィクションとして割り切れない。
本作は100年以上前に書かれた作品なのだが、人間の底なしの欲求は現代でも小説のテーマとして十分通用する。
時代は変われど、枯れることのない人間の欲望とそれがもたらす破滅の物語はいつまでも変わらないのだなと思う。
〜個性的なキャラクターたち〜
さて、本作はボヴァリー夫人を中心に物語が進むのだが、その周りの登場人物たちも一癖二癖あって非常に個性が強い面々である。
ボヴァリー夫人の夫であるシャルルは、平凡な医者であり会話も凡庸でこれといった魅力はない。夫人を愛する気持ちは強いが、察しは悪く、夫人の不倫や借金には全く気づかない。
村の薬剤師であるオメーは、人一倍承認欲求が強く、何かにつけて自分の優秀さをアピールしようとする。
夫人の浮気相手の1人であるロドルフは、女好きの遊び人。夫人のことも遊び程度にしか考えておらず、相手の好意が重たくなったら、あっさりと裏切って捨てる。
もう1人の浮気相手である青年レオンは、若さゆえに愛だの恋だのに溺れやすいが、我が身が可愛くて、いざという時に冒険しきれない。
と、各登場人物も主役級に欠陥(!?)のあるキャラクターで、彼らのやりとりが物語をさらに面白くする。不倫がもたらす悲劇の物語なのに、滑稽で思わずニヤけてしまう場面も多々あった。
〜新潮文庫版における訳者の熱量〜
さて、このボヴァリー夫人も様々な出版社から出ている。僕はたまたまこの新潮文庫版を手に取ったのだが、本書での訳で読めたことが非常に良かったと思っている。
もともと原文は著者のフローベールが徹底した推敲を重ねて四年半をかけて完成させた作品である。文章から文体をひとつひとつこだわりを持って書いたため、人物の心情や風景の描写がいちいち素晴らしい。
美しい場面は美しく、鬼気迫る場面では読む手が止まらなくなる。
これほど本書にのめり込んで読めたのは、訳者の熱意ある翻訳のおかげだろうと思う。巻末に訳者による解説文が掲載されているのだが、珍しく翻訳方法そのものについて解説がなされていた。
なるだけ原文の息遣いを再現するために、フローベールの話法に注目して翻訳されたそうだ。
作品の面白さもさることながら、解説の翻訳に関する訳者の考え方も非常に興味深く読んだ。
他の訳のものは当然読んではいないが、この新潮文庫版は解説まで含めて面白かったので、オススメしたい。
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