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メモ 時代によって軍事的プロフェッショナリズムの内容は変化していく

近世ヨーロッパにおいて軍人、特に将校の階級は貴族の男性だけに開放されており、金銭で職位が売買されることもありました。このような人事慣行が廃れるきっかけを作ったのが18世紀末から19世紀初頭にかけて発生したフランス革命戦争とナポレオン戦争であり、フランス軍では貴族の出自を持たない人材が将校として運用されるようになりました。

この制度が成功したことを踏まえ、19世紀に列強は軍事教育の制度を近代化し、能力に応じて平民を軍人とするようになりました。この時期に軍人が身分から切り離され、一つの専門的職業へと変化したことは、軍隊の歴史を考える上で重要です。

アメリカの政治学者サミュエル・ハンチントンは、この時期に成立した職業軍人の規範を軍事的プロフェッショナリズム(military professionalism)と呼んだことで知られています。彼の『軍人と国家(The soldier and the state)』(1957)では、軍事的プロフェッショナリズムの中心にあるのは軍事専門家としての能力であって、軍隊は医師や法曹と同じように、軍人も一定の能力を持つことによって参加が認められるコミュニティと見なされています。さらに、ハンチントンは、職業軍人の能力の本質を暴力の管理と定義し、戦闘において部隊を指揮し、敵と戦うことが軍人としての中核的、本来的な能力であると考えていました。この観点で見れば、軍隊の効率性はその軍人の専門家としての能力に左右されるため、これを最大限に引き出し、それを妨げない文民統制のメカニズムが有効とされていました。

このハンチントンの見解を疑問視した研究者として社会学者のモーリス・ジャノヴィッツがいました。ジャノヴィッツは『職業軍人(The professional soldier)』(1960; 新版1971)において、軍人のあり方は社会状況に応じて変化する性質があるという立場をとり、ハンチントンの捉え方は軍隊を閉鎖的、自己完結的な組織であると想定していると批判しました。ジャノヴィッツはもともと軍隊は開放的、状況依存的な組織であると想定しており、冷戦以降の軍事技術の発達によって、労働集約的な組織から資本集約型の組織に変化したと評価していました。事実、軍人の多くの職務では行政管理や産業技術との関係が深まっていました。つまり、ハンチントンが重視した暴力の管理には該当しない仕事をこなす軍人が増えていました。

ハンチントンとジャノヴィッツの論争は、その後の軍事社会学の研究において繰り返し研究者に参照されましたが、これは軍隊を分析する際に軍隊のどのような側面を重視するかによって、その結論に大きな違いが生じることが示されたためです。ハンチントンの軍事的プロフェッショナリズムに関する学説は、古典的な軍隊の特徴を捉えています。19世紀に軍隊が身分制から開放されてから第二次世界大戦が終結するまでの時期の経験がそこには反映されています。ジャノヴィッツは冷戦以降の軍隊の変化に注目しています。高度な科学技術に基づく装備を運用する技術者の集団という性格が強くなっています。

軍隊が遂行すべき任務は、第二次世界大戦の前後で大きく変化しました。軍隊が戦争遂行の道具であるという一面的な認識はすでに過去のものとなっており、今では平和維持から危機管理へとその能力発揮の場を大きく広げています。軍事的プロフェッショナリズムは、一般的に専門的能力の基盤として肯定的に評価されるものですが、時代の変化に即して内容を更新できなければ、それは革新を妨げる悪しき伝統となるリスクにもなります。軍事的プロフェッショナリズムの見直しは最近のアメリカ軍を対象とした調査でも問題とされており、実行が容易ではないことも伺われます(Roennfeldt 2019; Brook 2020)。

参考文献

Janowitz, M. (1971). The professional soldier: A social and political portrait. Glencoe: Free Press.

Huntington, S. P. (1957). The soldier and the state: The theory and practice of civil-military relations. Cambridge: Harvard University Press.(邦訳『軍人と国家』上下巻、市川良一訳、原書房、2008年)

Roennfeldt, C. F. (2019). Wider officer competence: The importance of politics and practical wisdom. Armed Forces & Society, 45(1), 59-77.
https://doi.org/10.1177/0095327X17737498

Brooks, R. (2020). Paradoxes of professionalism: Rethinking civil-military relations in the United States. International Security, 44(4), 7-44.
https://doi.org/10.1162/isec_a_00374

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