軍備管理の礎となった戦略思想を読み解く『戦略と軍備管理』(1961)の紹介
1945年に広島と長崎で原爆が投下されて以来、研究者は核戦争が勃発することになれば、短期間で甚大な被害が発生する恐れがあるとして、それを回避する方策を探ってきました。
1960年代に学界で使われるようになった軍備管理(arms control)という用語は、軍備の規模、種類、配備、運用などを国際的な約束に基づいて抑制する取り組みを意味しています。例えば、1963年に核拡散防止条約防止が成立し、核兵器の拡散を防止する体制が整備されたのも、軍備管理の成果として位置づけることができます。
今回は、軍備管理の領域で先駆的な研究だったシェリング(Thomas Schelling)とハルペリン(Morton Halperin)の著作『戦略と軍備管理(Strategy and Arms Control)』(1961)を取り上げ、その内容の一部を紹介してみようと思います。戦略理論で軍備管理がどのように理解されていたのかを知る上で興味深い内容ではないかと思います。
この著作では、軍備管理を潜在的な敵国同士が共同で軍備を調整するための努力であると捉えています。つまり、軍備管理の目的は、一定の協力関係を維持しながら、自国の安全保障に望ましい均衡状態を形成することにあり、軍備管理と抑止戦略の研究と切り離して研究することはできないと主張しています。事実、この著作のかなりの頁が核抑止の戦略分析に割り当てられています。
核保有国が対峙したときに懸念すべき問題は、核戦力の戦略運用では先制に大きな優位性があるということです。つまり、敵から核攻撃を受ける前に、我が方から核攻撃を始めた方が、結果としてより大きな戦果を期待することができます。このような不安定性があると、核戦争で勝利を収めるために、外交的な配慮を欠いた拙速な武力攻撃を始めやすくなります(Ch. 1)。
それまでの核戦略の研究では、戦争が勃発したとしても、その規模、烈度を一定の範囲に限定し、核戦争にエスカレートさせない方法が検討されてきました。これが限定戦争(limited war)の戦略思想であり、著者らは「限定戦争それ自体が軍備管理の一形式をなしている」と述べるなど、軍備管理は限定戦争の戦略思想をさらに拡張したものであること、つまり戦略を政策に従わせる方法の一つと整理しています。
ただ、限定戦争の戦略思想をもってしても、虚偽の警報が発出された場合や、あるいは行き過ぎた挑発を受けた場合には、双方とも核攻撃を思いとどまることが難しいという限界がありました。著者らは、さらに踏み込んだ方法を確立することが必要であり、これこそが軍備管理の役割であると主張しています(Ch. 2)。
著者らは軍備管理の機能について独自の解釈を示しました(Ch. 3)。それによると、軍備管理の機能は4つに区分することができます。第一の機能は挑発(原語はmischief)です。戦争の勃発までに至らない対外行動がここに位置づけられ、例えば何らかの軍事的反応を引き出すための領空周辺の飛行がこれに該当します。
このような軍事的活動を軍備管理の機能と捉える発想は今でも一般的ではないと思いますが、著者らの見解によれば、他国の領土のすぐ近くで兵器の実験を行うこと、潜水艦を追跡するといったことも、軍備管理の一部として理解することができると主張しています。挑発は一見すると敵対的な行為に見えますが、実際的には戦争の勃発に至らない範囲で踏みとどまることが暗黙裡に合意されており、軍事的バランスを調整する意図があることを相手に伝達しているので、これは広義の軍備管理の一形態となります。
第二の機能は情報活動です。双方が自らの軍事態勢に関する情報を交換し、その能力、行動に関して過剰に反応することを防止する意図があります。軍隊では一般的に秘密を保持することが重要だと考えられていますが、軍備管理の考え方を採用すると、秘密保持は双方が軍事情勢に関して認識を共有することを妨げる効果があると指摘されています。著者らは、双方の意図や能力に関して情報を公開することが、結果として不要な偶発戦争を回避することに繋がると指摘しています。
第三の機能は技術開発の抑制です。軍拡競争が進むと、武器の保有量が増大するだけでなく、軍事技術も進歩していきます。これを抑制することも軍備管理の重要な機能であり、双方の技術水準が同程度であれば、技術的な優位に依拠した奇襲は困難となるため、戦争に訴えることを思いとどまりやすい環境が維持できます。
第四の機能は、武器の拡散、あるいはその武器を製造するための技術の拡散を防ぐことです。これは一般的なイメージに近い軍備管理の機能だといえるでしょう。核兵器を保有する国が増加すると、それだけ軍備管理に必要な交渉のコストが増加するため、問題の解決がますます難しくなります。そのため、これ以上核保有国が増加することがないように歯止めをかけることで、核戦争のリスクを軽減することができると著者らは期待していました。
もちろん、軍備管理は万能の解決策ではないことも論じられています。著者らは、いったん合意、協定、条約が成立したとしても、実際に運用される際には、何らかのごまかしが行われることや、譲歩が取り消され、協力関係が完全に消滅する恐れがあるとも指摘しています(Ch. 4)。
つまり、軍備管理は相手の協力的姿勢が維持されることを前提にした戦略であるといえます。軍備管理交渉は、国防予算を削減し、軍事負担を軽減することが期待できる有意義な戦略ですが、全面的に依存することは現実的ではないことも覚えておかなければなりません。