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きなこ棒
昔、小学校のすぐ近くにある駄菓子屋に、よく通っていた。
近年は駄菓子屋そのものが少なくなっているとかで、こういう話をすると羨ましがられたりするのだが、自分にとっては小学校の6年間、日常的に通っていたので、さほど特別という感じもしない。
何なら未だにそのお店は続いていて、当時よくお店にいたおばあちゃんは見当たらないけど、その息子さんらしき人はよく見かける。さすがに成人済みの私が一人でお店に行くことは無い、子どもたちを怖がらせてしまいそうで。
きなこ棒という、砂糖と水飴を練ったものきなこをまぶして、それをつまようじに刺しただけの、シンプルなお菓子が好きだった。価格は当時一本10円だった。
特別美味しいというわけではないのだが、きなこの素朴な甘さと、あたりが出れば一本おまけがもらえることにつられて、店を訪れるたびに引いていた。
楊枝の先っぽが赤くなっていると当たりなのだが、きなこの塊がその部分を隠しているため、外から見ても当たりはずれはわからない。
ただ、当時小学生の私や友達は、当たりの棒には何かしら法則があるはずだと考え、躍起になってみんなでその見分け方を研究していた。棒が斜めに刺さっているのが怪しいとか、箱の端辺りにあるんじゃないかとか。
ある日、仲間の一人が「自分は見分け方を見つけた」と言い出した。そんな簡単に見つかるはずないと言いながらも、本当ならすごいことだと思った我々は、放課後、駄菓子屋に集まった。
そしてその子は、みんなが見守る中、本当に当たりを連続で引き続けたのだ。
集まった我々は、マジックでも見ているかのように驚いた。
店主のおばちゃんも驚いていた。普段から笑わない人だったが「なんかズルしてるんじゃないのかい」と、いつも以上に眉間をしわを寄せていた。
みんな興奮して、「見分ける方法を教えて!」とせがんだが、彼は結局その秘密を教えてくれなかった。
何となくそのあたりから、友達の間できなこ棒ブームは去っていった気がする。
しかし、その後も僕は店を訪れるたびにきなこ棒を食べて、その法則を解き明かそうとしていた。
今考えれば「10円のお菓子くらいで躍起にならんでも」と思いそうなものだが、当時の自分には、値段などではなくて、ただなんとなく、そのきなこ棒の秘密が、宇宙の真理かのように壮大に思えて、夢中になっていた。
小学校を卒業、それから何年も経って大学生になってから、ヴィレッジヴァンガードによく行くようになった。
所狭しと並べられたニッチな商品、濃い口味付けな商品紹介ポップ、あちこちから聞こえてくるおしゃれなバンド音楽と怪しげなお香の匂い。
書いていて思ったが、どこか駄菓子屋に似ているような気がする。
そんなある日、お菓子コーナーに、懐かしのきなこ棒を見つけた。
しかも、駄菓子屋に通っていた頃のようなバラ売りではなく、箱単位で。
正直、少し興奮した。駄菓子が箱で売っている、自分にそれを買う権利があるというだけで、いつの間にか大人になったような錯覚を起こした。それと、なんでかよく分からないけど、謎の背徳感も、僕の鳥肌を少し大きくした。
しかし、いざ箱を手に取ってみると、急に「コレジャナイ」という感覚が、胸に押し寄せてきた。
あの頃、月500円のおこづかいの中で、ワクワクしながら10円を握りしめて食べたきなこ棒。
今、自分の目の前には、そのきなこ棒が何十本も入った箱が、500円で売られている。500円と言えば、30分アルバイトして手に入れたお金だ。
たとえ同じ額のお金でも、小学生の時分と今では、もう捉え方が変わってしまっている。
そう思うと、なぜか急に寂しさが込み上げてきた。