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500円玉



多分あの人は、この話どころか私のことすら忘れているだろうが、

私は今でも、500円玉を見るたびに思い出す。




私は、大学一年次の4月から秋ごろにかけて、合唱のサークルに所属していた。厳密には、それ以後もたまに顔を出してはいたのだが、積極的に参加していたか、という意味で、実質所属していたのはその半年間だった。


元来私は、人と信頼関係を気づくのが苦手だ。これっきり会うことないだろうな、という初対面の人とは、それなりに打ち解けられるのだが、長い関係性を築かなければならない相手に対しては、緊張し委縮し孤立してしまうことが多い。

平たく言えば俗に言う”コミュ障”というやつなのだろうが、そんなわけで私はサークルの人達に対し、どこか心の壁を作ってしまっていた。


先輩方はそういった私にも優しく接してくれて(いたはず)、いわば門戸は開かれていた。

しかし、そもそもの性格に加え、「自分には合唱の経験が無い」という半ばコンプレックスもあって、なかなか踏み出すことができずにいた。


一度ご飯に連れて行ってもらっただけで先輩を少しイジってみたり、上級生と帰りの電車が一緒ということで、サークル内の色恋沙汰にまで首を突っ込んでいる同期なんかを見ると、うらやましく思えた。

だが、どうしても、そんな風に器用に周囲に溶け込むことを、私の自意識が許してくれないのだ。恐らく、今からまた入学当初に戻ってやり直しても、同じような失敗を繰り返すだろう。




そんなわけで、今一つサークルに馴染めないまま、6月を迎えた。

その日は、一年生がステージに立つ初めての場である、初夏の定期演奏会の練習があった。通常の在学生の演奏に加え、OBOGの方々との合同ステージがあるため、卒業生の方々も練習に参加されていた。

卒業生といっても、数年前に大学を卒業されたばかりの方もいれば、云十年前に卒業しましたという方もいて、練習後にはその方々も含めた飲み会が企画されていた。


練習を終え、帰ろうとしていた私にある先輩が声をかけてきた。

あれ、たかぴー今日の飲み会来ないの?

酒がめっぽう弱く大勢の飲み会が得意でない私は、事前にLINEのグループに投げられた出欠に不参加と返信していた。(たかぴーと呼ばれてたことには触れないでほしい

先輩にそう伝えると、「いや来ればいいじゃん!でもドタ参しても大丈夫だよ、なあ!」と言い、近くにいた飲み会の幹事の先輩に確認してくれた。

でもお金もないんで…と伝えると、「新入生は500円なんだし」と先輩は続けた。迷った挙句、その日の店は練習会場から一駅先の場所にあったので、とりあえず、みんなと一緒に一駅歩いて考えるという案に落ち着いた。




ここまで読むと、この先輩は押しが強くてめんどくさい人に見えるかもしれないが、本気で行きたくないと思っている人にはそこまで強く誘わないし(そのはず)、なによりこんな風にグズるめんどくさい後輩もしっかり誘ってくれる優しい先輩だった。

私が初めて飲み会に参加した時もそうだった。上級生たちがコールを回していて、お酒が飲めず臆病な私はうらやましそうにそれを見ていた。それを見かねて、その先輩は私にビールを持たせ、コールを振った

私は驚き、周りの他の先輩も「いや無理させないで」と止めに入ってくれたのだが、先輩は「いや大丈夫だから」という目配せをした。よく見ると、そのジョッキにビールは3cmほどしか入っていなかった。

その”一杯”を飲んだ後、またコールが振られることはなかった。無理のない形で、大人(上級生)の仲間に入れてもらえたように思って、それ以来私はその先輩のことを勝手に信頼していた。




話は6月に戻る。

恐らく先輩は、その日も、僕が本当は飲み会に参加したいということを、見抜いていたのだろうと思う。

だが、私は私で、先ほど挙げたのとは別に、行きたくない理由が2つあった。


それは、当時まだバイトを始めたばかりで金欠だったということ。

そして、その日のコースのメインが、カニ料理だったということだ。


金欠だということを話せば、流れで「じゃあ奢るよ」という話になってしまうことが危惧される。私はプライドが高いのか、申しわけないという思いが先行してしまうので、年上に奢ってもらうことが苦手だった。なんなら未だに苦手だ

それこそ大学生にとって、下級生の内は奢られ、上級生になったら奢る側になるというのは、自明の理かと思う。あー後輩力が欲しい。


そしてカニ料理、私は甲殻アレルギーなので、中学生以来エビもカニも食べていない。とはいっても、飲み会の度にそれを申告するのは何だか申し訳なく、参加した先でエビやカニが出されても、基本的には何も言わず、何も食べずに過ごしている。


そんなわけで、資金が潤沢な時であればよいのだが、金欠なのに参加して何も食べずに帰るということが、当時の私には耐えられなった。たとえ500円でも



そうこう考えているうちに、すぐに駅まで着いてしまった。次第に参加者が店の中に入っていく。もう考える時間もあまりない。私のように参加しようか迷っている1年生も何人かいたのだが、ほとんどが帰ることを決めていた。

今決めれば、帰宅組と一緒に帰れる

だが、参加したいという気持ちも、どうにも捨てきれない



その時、ふと先輩が近寄ってきて、そっと何かを手に握らせてきた。驚いて見てみると、そこには500円玉があった

一年生は、特別価格の参加費500円なので、これで飲み会に参加できる。

先輩の顔を見ると、「いいからいいから」といった感じで、お店の入り口に手をやっていた。

僕は「ありがとうございます」と、お礼をし、お店の入り口に駆けていった。




案の定、出された料理にはほとんど手を付けず、なんなら、部屋に充満する芳醇なカニの香りで気持ち悪くなり、何度かトイレに駆け込んだ。


だが、参加したことで、サークルの人とたくさん話せたし、OBの方々にも良くしていただいて、やっぱ参加してよかったな~と、いつものように思う帰り路であった。




その数か月後には、僕はサークルを辞めたので、その先輩の卒業時に感謝を伝えることもできなかった


まあ冷静になれば、500円もらって大感激って小学生かよ!って思ってしまうのだが、付き合いが悪くパッとしない1年生の自分を、見捨てずにいてくれたことが嬉しくて、


今でも500円玉を見ると、そう遠い過去ではないのだが、懐かしく、温かい気持ちが込み上げてくる。







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