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婦人カレー

二十五年ぶりに婦人科に行ってきた。

以下、そこそこ赤裸々に書くのでこの類の話が苦手な方はご注意を。

*

なぜ婦人科に、というと、先月の四月、不正出血を起こしていたから。
「不正出血」を正しく理解しているか自信がないので、私の解釈と感覚をまず述べておく。

初潮を迎えてから閉経までの期間、月経、または妊娠、出産関連以外で、膣から出血すること。かつ、外的要因とは無関係の出血であること。

一応、「これ不正出血かな?」とはじめて思ったときに簡単に検索してみたら、だいたい似たようなことが書いたあった気がする。そんなに的はずれではないのでは、と捉えている。

これまでの人生で不正出血を起こしたことはなかった。記憶の限りでは。
それが四月は、言ってしまうと出血していない期間のほうが短かったのではないかと疑うくらいには出血大サービスだった。
さすがにびびった。

というのも、私は生理で悩んだことがほとんどないのだ。
最もつらかった生理って初潮かもしれない。

とにかく軽い上に早い。インターネット回線もこうであれば理想的とか言いたくなるほど。だいたい二日か三日で終わるんだから、悩みようがない。
月経周期をきちんとはかったことがほぼないから良く分からないけど、たとえば前回の生理が十日だとしたら次は七日あたりに用意しておけば来る。間違いなく順調な部類。しかも相当に。
二十代あたままでは、毎月一日に必ず生理が来ていたという嘘のような本当の話もある。うるう月も無視して判を押したように一日に生理。逆にちょっと異常だったんじゃないかとすら思う。

生理痛もほぼ無い。
三十代になってから、生理前はちょっと情緒不安定っぽくなるとか、偏頭痛を起こすこともあるかも、と、そういう自覚を持つようになったけど、苦しいと言えるような症状はまず無い。

と、こんなに何の苦労もなく、生理用品代がただただ無駄だし早く閉経できないかなとのんきにしていたところに、まさかの不正出血。

ただ、今年に入ったころからちょっと周期がせばまったというのか、早めに来るようにはなっていた。
ちょうど引っ越しの時期と重なったので、幸いなことに、メモをとっていなくてもかなり正確に思い出せる。
そのあたりから予定よりも一週間は早く生理が来るようになっていた。

三月は七日に生理があって、三十日にまた生理。一ヶ月に二回あったことになり、私の人生においては極めてイレギュラーな事態であった。
けどまあ、一週間ぐらい誤差だろうと思っていたのだ。

それが、四月の十三日に出血。
さすがに生理にしては早すぎる。
しかもいきなり大量出血。
びっくりした。
生理ってもっとこう、初日はまあ控えめで二日目がピークで、みたいなイメージしかなかったから、いきなりの血まみれで顔のほうが青ざめていたと思う。
それが五日ぐらい続いた。
一応は納まったものの、どうなんだろう……と悩んでいた三日後の二十二日、また出血した。ドバドバと。
これはやばいと確信。

そこから数日間、様子を見ているだけでは気が晴れないので、市の保健センターや女性の健康相談窓口に電話をしてみた。
これは自治体にもよるのだろうけど、かなり詳しいところまで女性の職員さんが聞いてくれて(普段の生理と比べてどうかとか。色とかレバーとかいろいろ)答えながらなんとなく、なるほど……と感心してしまった。なんというか、生理って奥が深いのねというか。
そして答えはもちろん、「早めに病院に行ったほうがいい」。
ですよねえっていうか、私は婦人科だろうが必要とあれば通院に何の躊躇もないのだけれど、引っ越してきたばかりで周辺の病院のことは何も知らない状態。
だから相談したかったことの主な内容というのは「なるべく近場で良い病院ないですか?」、これだった。
結果、複数の方がオススメしてくれた病院に、今日、ようやく行ってきたのだった。

ちょっと遅れてしまったのは、二十二日からの不正出血が止まった途端にゴールデンウィークに突入したから。
また、相談窓口で相談中に「不正出血のあとに生理が来る可能性はあるか、それが済んでから通院したほうが良いか」と聞いてみたところ、「最終生理の後のほうが良いと思う」と助言を頂いていたから。あとは個人の都合。

そして二十五年ぶりの婦人科。

二十五年まえは何をしに行ったのかというと、母親の卵巣ガンが判明し(のちにそれで死亡)、母方の家系に子宮や卵巣を患っている女性が多いことを知り、母の主治医から「あなたも気をつけて若いうちから定期チェックしておいたほうがいい」と言われ、更にまさしく仕事がきつい時期でちょっとだけ生理が重くなっていたから。
そのときの診察では特に異常はないものの、念のために基礎体温を毎朝はかることになった。
その後どうなったかは憶えていない。
母が死んでその病院と関わりがなくなったから、まあ、いろいろうやむやになったのだと思う。しつこいようだけど、そのとき以外ずっと生理が軽すぎて問題視する必要がまったくなかったのだ。

で、今日。
とある総合病院の産婦人科、その中にある婦人科。
初診なので問診票を書いてから、さてのんびり待っていようと本を読みはじめたら十分ぐらいで呼ばれた。
不正出血以来、おどろくことは多いけれど、これもまたずいぶん早いなと意外だった。ほかにも人は結構いたし、初診って数時間ぐらいは余裕で待つものだとばかり。

医師はいかにも老練といった男性だった。
そういえばコロナ禍以来、いつものメンタルクリニック以外のところに通院していなかったことに気づいた。今は医師と対面してもばっちり飛沫防止シートでガードされているのね。
おかげで老練医師、老練だけあって「ちょっともう少し大きな声で」と仰るのでマスクもシートも吹き飛ばす勢いのハキハキとした大声でお話してきました。
ドクターローレンス(仮)はひとしきり話を聞いてくれたあとで、

「あなたの問診票、よくわからんのだけど」
「どこがですか?」
「最後の生理が『正確に言えそうなのは三月三十日』ってどういうこと?」
「私にもよくわからないんですが、お話しました通り、生理の周期が早まってきていることを考えると、二十二日の不正出血が実は早めの生理だった可能性があるなと思ったんです」
「なるほど。確かに」
「実際にその後、生理は来てませんし」

うーん……とドクターローレンスはしばらく考えこんだ後で、

「初診だと大抵はまず超音波検査なんだけど、あなたの場合、それよりさっさと内診する方が良いと思う。嫌だろうけどやりましょう」

覚悟はしていたのでどんと来いである。
というわけで、これも二十五年ぶりの内診。
婦人科に来ておいて今さら嫌だの何だのはなかった。

内診は十五分ぐらいで終わった。
その真っ最中、
「水がちょっと溜まってる」
とか、
「あーちょっと腫れてるね」
とか、こまごまとした情報をくださるので、何となく相づちなり打ったほうが良いのかと、

「そういえば不正出血あってから下腹部が痛い気が何となくしてます」
「そう?下痢とかじゃなくて?」
「それとは別で。たぶん意識しすぎで気のせいですよね」
「だと思うよ。腫れてるけど大したことないから」
「よかったです。腫れてるって言われると腫れてる気がしてくるくらい単純なので」
「大丈夫。これなら本当に大丈夫。はい、お疲れさま」

ちなみにカーテンは閉めなかった。
看護師さんに「閉めます?」と聞かれよくわからなかったので「多数派のやり方でお願いします」と答えておいたら「じゃ開けときますね」とかで。二十五年まえは何かひらひらしたのがあった記憶。

さて、改めてローレンス先生と診察室で。
いつの間にか撮影していた写真を見せてくれたけど、これこそよくわからず。
ともかく先生の仰ることには、

「左の卵巣に水がちょっと貯まっていてちょっと腫れていた。でもあなたの年齢なら自然に治るタイプの腫れ方だから、特に薬も必要ない。ただし、また不正出血が起きたら早めに来なさい。方針を変えるので。何もなくても三ヶ月後ぐらいにまた検査をしに来て。その後も定期的なチェックをしていきましょう」

ということで、無事、「問題なし」となった。

ほっとした。何ともなくて良かった。
だって万が一すぐ入院してくださいなんてことになっても猫さんはどうするのかとか、緊急連絡先が存在しないとか、問題が山積み。
それを回避できるのならば、私は毎週でも内診を受ける。

最後に、何か質問は、と聞かれたので、

「なんで水って貯まるんですか?」
「ん?なんでって……そういうものだから。まあ、一応、病気だから……としか言えないなあ」
「何か生活習慣が良くないとか、そういうのありますか?」
「うーん、要はこれ、ホルモンバランスだからねえ。ちょっとしたストレスや悩みであっさり崩れちゃうんだよ。なんか悩みある?」
「ありますし、ありました」
「どんなの?」
「一月末に引っ越ししてきたんです」
「ひとりで?じゃ原因はそれだわ」
「引っ越しの理由が身内による犯罪でしたし」
「それで何もないほうがおかしいでしょ」
「そんなもんですか?」
「そんなもんです。でも悩みが解決すれば今回のは納まるから、そういう意味では良かったと思うよ。そんなもんだってことがわかっただけでも、気が軽くなったでしょ」
「はい」
「でも何かあったらすぐに来るように。あと三ヶ月後は、絶対に来てね」
「はい。ありがとうございます。あのところで、五月分の生理って結局どうなるんでしょう?」
「なんかそれもごっちゃになってるから、周期はリセットされたと思って、まあそのうち来るでしょぐらいに備えてて。しばらく不順になったり重くなるかもしれないから、それがつらかったら不正出血じゃなくても来て」

ローレンス医師、とても良いお医者さんでした。ありがとうございます。

初診受付から約一時間半で婦人科ミッション、完了。

想像以上に早く済んだので、ついでに前から気になっていた心臓のほうも診てもらってきた。
こちらは今日からちょっと経過観察中。

*

私の場合、病院を選んだり決めたり、受け入れてもらうことは、なかなか難しい状況にある。と思っていた。
精神科にずっとかかっているから。
あと、福祉の支援を受けていて、障害者手帳を所持しているから。

実際にこれを理由に救急車に乗っても、十以上の病院から拒否されたこともあった。
脱水症状でかなり危険な状態でもそんなことになるものだから、私も遠慮というか、だいぶ卑屈になってしまっていた。

でも、引っ越しを機に新しい病院を探してみたら、今日みたいにすんなりと行った。当然のように事前に問い合わせて状況を伝え、診て頂けるか尋ねておいたのだけれど、どうもそれも不要だった気がする。

婦人科でも循環器科(心臓関係)でも、精神科が併設されている病院のほうが多少なりと話は通りやすい。とはいえ、仮に精神科のある病院でも、手帳の等級によって断られることもあった。二級以上は対応しない、と。

引っ越す前にいた市では。

これはその市を非難しているのではない。
私はその市で生まれ育ったから、おのずと行くべき病院は限られていたというか、それまで診てもらっていたところに行くのが自然だろうと思いこんでいた。また、知らない病院に行く不安も、やはりあった。
まさか精神科に通い出したことでそれまで診てくれていたところに断られるとは想像もしていなかったし、精神科と連携している病院の少なさについても、あまりに無知だった。

別の市に引っ越したおかげですべて一から手配しなければならず、面倒だなと決めつけていたのに、やってみたら何だかいろいろなことが杞憂に過ぎなかったと知った。
不正出血があってからおどろきの連続だと書いたけれど、これが最大の驚愕かもしれない。

今日の病院は、精神科は実際には独立しておらず、内科の一部として機能している感じらしい。だから市の相談窓口も実はここに精神科があることを見落としていた。
確かに探し方によってはちょっと見つかりにくい表記になっているから、これはやむを得ない。
途中で気づけたのは、幸運だった。
幸運がほしいのならば、行動しなければならない。

精神科そのものの歴史が、内科や外科に比べると日本では圧倒的に新しく、まだ体制が整いきっていないというのは、事実あるだろう。
でも「どうせこの市もダメだろうし、嫌がられるんだろうなあ」と行動せずにいたら、変化に気づくことができない。

何でもやってみるもんだなと思った。単純に。
だめだったらまた別の切り口があるだろう。

もちろん、そもそも病気にならないのが最善なのだけれども、このご時世でその理屈はもう通用しなくなりつつある。病人ほどそれを明確に感じているのではないだろうか。
極端な例だとコロナが怖いからって腹膜炎を我慢するわけにはいかないでしょ。コロナと盲腸を恨んでる暇なんかないでしょ。生きていたいなら。

私はいろいろなレアケースを集めたような人間だけど、それでも探せば見つかる。そのことが、今日よくわかった気がする。
あと、レアケースゆえに複数の相談先にあたる必要性をちゃんと理解していた。
保健センター、健康相談窓口以外に、ボランティア先には女性の先輩がたがそろっている。と気づいた瞬間にもうご相談させて頂いてた。
私って意外と素直なとこあるし、頼れるひとを見つける目も持ってるんだなあ。とちょっと自分を褒めたい。

*

長くなってしまったからここまで読んでくれた方はそんなにいないだろうけれども、もしもあなたが何らかの理由で望む診療を受けられずにいたり、それで苦痛や不安を感じているのなら、あらゆるところで相談をしてみることをおすすめしたい。
ご迷惑だろうとか先どりしてためらわないでいい。迷惑なら迷惑って言われるし、それを言わない人は迷惑じゃないんだし、そういうひとは絶対にいる。

いずれ何らかのかたちで巡りめぐってご恩がえしをすることになるんだろうから、その時なにかをできるように、いま、健康になっておいた方がいい。

*

以上、「左の卵巣ちょっと腫れてます」って言われてから、

「うん、なんとなく腫れてる気がする!でも大丈夫らしいから先生を信頼して、私はおいしくカレーでも食べてりゃいいよね!」

などと脳天気に生きている私からのメッセージでした。



まあ、そうは言っても健康至上主義でもないし、安楽死賛成派なんだけれど、それはまた別の機会にでも。






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