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【社会的アイデンティティ】個々に異なる存在と認識されると、心理的安全性が高まり、組織への同一性が高まる(Kim, 2020)

社会的アイデンティティ理論、奥深いです。明示的に書かれてはいませんが、ダイバーシティ&インクルージョンの文脈でも活用できそうなプロセスです。

Kim, N. Y. (2020). Linking individuation and organizational identification Mediation through psychological safety. The journal of social psychology, 160(2), 216-235.


どんな論文?

この論文は、組織のメンバーが個々に異なる存在(個別化)として認識されることで、心理的に安全だと感じやすくなり、その結果、組織に対する一体感(組織同一化)が強まる、というメカニズムを実証した研究に関するものです。

この研究では、66人の一般参加者と176人の従業員を対象にデータを収集し、個別化が心理的安全性を高め、さらにその安全性が組織同一化に繋がるという結果を示しました。

組織内で「みんな同じ」ではなく「一人ひとりが違う」という認識が共有されると、他者と異なる意見に対してリスクを感じにくくなるため、従業員は自分の考えを表現しやすくなる、ということが想定されました。

そして、従業員が心理的安全だと感じることで、自分の意見や考えを自由に表現できる環境があり、罰や否定を恐れずに発言できるため、組織に対してより強い絆を感じるようになります。
こうして、従業員の組織に対する一体感を高め、組織の目標に対して積極的に貢献するといった動機づけにもつながるようです。


個別化が心理的安全性の向上につながる理由

「個別化」と「心理的安全性」。この言葉だけが並んでいても、両者の関連性はピンとこないところがあります。
なぜ、組織のメンバーが個々に異なる存在として認識される(個別化)こと
で、心理的安全性が向上するのでしょうか。

著者らによれば、個別化とは、メンバーが組織内で「他の人と同じではなく、独自の存在である」と感じる状態を指します。
この認識が広がると、組織の文化やプロトタイプ(理想的かつ典型的なメンバー像)が

「個々のメンバーが異なることが当たり前であり、望ましい」

となるため、メンバーは自分の意見や考えが他と異なっても、組織内で受け入れられるという期待が持てるようになります。

この「違いが許容される」という環境が整っているため、メンバーは自己表現に対する不安や恐れが少なくなり、心理的に安全だと感じるようです。

また、個別化の認識が高い組織では、多様性を前提としているため、意見や考えが異なること自体が価値あるものと見なされ、他のメンバーからの否定的な評価や拒絶のリスクが低いと感じるとのこと。

このように、メンバーが「自分の違いが尊重される」と感じることで、心理的に安心して自己表現ができる状態が生まれます。そして個別化が共通認識となることで、「組織は個性を重視する場所」という信念が形成され、これが心理的安全性を高める要因になるようです。

本論文では言及されていませんが、まさに、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)のメカニズムと言えます。D&Iと敢えて言わずして、そのメカニズムを明らかにした研究とも言い換えられるでしょう。


本メカニズムにおける社会的アイデンティティ理論の役割

この論文において、社会的アイデンティティ理論は、個別化と組織同一化の関係を説明する重要な理論的枠組みとして使われています。

社会的アイデンティティ理論は、人々が所属する集団(組織など)を通じて自分自身を定義し、その集団との一体感を感じることで自己認識が形成される、という考え方です。詳しくは、過去の投稿をご参照ください。

それでは、社会的アイデンティティ理論が、今回の概念間の関係においてどのような役割で用いられているかを見ていきます。

1.   集団内の「個別性」と「同一性」の関係

この理論では、通常、集団に属するメンバーはその集団のプロトタイプ(典型的な特徴)に自分を合わせることで、集団内での同一性を強化すると言われています。

この集団のプロトタイプが「みんなそれぞれ違っていい(個別化)」となることで、従業員それぞれがそのプロトタイプに合わせ、「違っていい」という集団への同一性を高める、ということが、社会的アイデンティティ理論の枠組みで説明可能、ということになります。


2.  個別化と心理的安全性

個別化と心理的安全性の関連性も、この理論で説明されます。

社会的アイデンティティ理論では、人が所属する集団(組織など)の特徴によって自分を定義し、その集団と自分が一体であると感じる、とされます。

組織の中で自分の独自性を認められると、「自分が集団の一員でありながら個性的であることが許容される」と感じ、違う意見を言ってもいい、リスクを感じにくい、と認識することで、心理的安全性が高まる、とのこと。


なおこの論文では、社会的アイデンティティを補完する理論として、自己確認理論というものも使用されています。

自己確認理論では、人は自分の信念やアイデンティティが他者によって承認されることで、安心感や自信を得たいと考えるもの、と説明されます。
つまり、自分の大切にする「自分らしさ」が他者に承認されることで、アイデンティティが強化され、ということです。

社会的アイデンティティ理論が「集団との関係性を通じた自己のアイデンティティの形成」を扱う理論だとすれば、
自己確認理論は「その自己アイデンティティが他者に認められることで強化される」という仕組みを説明しています。

このように、2つの理論が相互に補完し合うことと、上に見たような組織との同一化プロセスによって、自己と組織のアイデンティティが強化され、一体感につながっていく、と説明されています。


感じたこと

本研究の結果は、組織の多様性を尊重し、従業員一人ひとりの個性を大切にすることで、一人ひとりが心理的安全性を感じ、組織との同一性を高めることで貢献意欲を引き出す(=組織におけるパフォーマンス向上に寄与する)ことを示唆しました。

上でも述べた通り、多様性を力に変えるためのインクルージョンのメカニズムと類似しています。Shoreらの定義によれば、インクルージョンは「独自性が尊重されていると感じ」、「組織に帰属感を抱く」という個人の認知です。今回の研究は、「個別化(≒独自性の尊重)」と「組織同一化(≒帰属感の向上)」を、「心理的安全性」がつなぐというメカニズムでした。

このように、多様性を活かすメカニズムを違う角度で説明する研究によって、D&Iに対する理解が広がります。とても勉強になる論文でした。

(インクルージョンに関する過去の投稿も載せておきます)


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