紫のにほへる妹
絶世の美女だ、いや違う
貴人ふたりと三角関係にあったか、否か
世を去って千三百年あとの今も
そんなやりとりがつづいている
万葉の女流歌人、額田王(ぬかたのおおきみ)
「あかねさす紫野行き標野行き野守はみずや君が袖ふる」
ー大海人皇子よ
慕わしいあなたが紫草が咲き誇っている御料地を
あちこち歩きながら
私にお袖をしきりとお振りになるのを
ほれ番人が見ていますよー
18歳の額田王は
のちに天武天皇となる大海人皇子に
言い寄られて十市皇女を生んだ
そのあと大海人皇子の兄で
天智天皇となった中大兄皇子の
愛をうけいれている
いつだって強引な兄は
5歳年下の弟から額田王を奪ったのだ
「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故にわれ恋ひめやも」
ー額田王よ
紫のごとく艶やかなそなたを憎ければ
人の妻となっているそなたに恋はしませんよー
大海人皇子は、先の歌に応えて
かっての恋人・額田王にむかって
いきいきと
心情を吐露している
このふたりのやりとりに
天智天皇は一瞬苦く思ったが
額田王の魅力をいかんなく現わしている
額田王の足跡は、日本書紀に一行あるだけ
また、万葉集に12首の秀歌をのこすのみだ
もちろん生前の肖像画もなく
謎のベールにつつまれている
ふたりの天子の愛をうけても
嫉妬うずまく後宮に入らず
ひとり館に住み
誰でもが仰ぎ見る才をもつ
優雅な宮廷歌人
しかも、情熱的だが孤高を守りとおした
誇り高き才女であった