#5 第3章(1) 「おうこ」
今日の一句
まねき まねき あふこの先の薄かな /凡兆
猿簔集 巻之二 夏
俳句を半紙に散らし書きすることを今でも続けている。
俳句の語句に釘付けになり、筆が進まなくなることが時々、ある。
今回は、上記の凡兆*1 の句に出てくる「あふこ」で、筆を擱いて寄り道することとなった。「評釈 猿蓑」 幸田露伴・著 に出てくる俳句である。
「あふこ」とは、柴売りの柴を担う棒であると、幸田露伴は言っている。
私はこの句の「あふこ」に注目した。
(「あふこ」とはいったい……どこかで聞いたような懐かしい響き。)
古今和歌集で確認すると、第十九 雑躰 短哥 1058 に載っている。
再度、「あふこ」を電子辞書でも調べ直してみたがこちらは手こずった。「あふご」でようやく探し当てた。
とある。
「あふこ」=「あふご」=「おうこ」
「おうこ ならば知っている。」
実際、「おうこ」は今も使われている言葉である。
私の電子辞書による「おうこ」探しがもたついたのは、
おうこ を、母の里言葉と思い込んで気がつくのが遅くなったためである。
しかし、私が担いだことがあるのは、実際にはてんびん棒とは少し作りが違うものである。
とみ爺の家の「おうこ」である。
とみ爺の家の「おうこ」
私は、疎開先の椿の里で、「おうこ(朸)」に出会った。
椿の里は、八重村の集落で、母の実家である。
1945年、私は小学校(当時は、国民学校)入学前の6歳であった。
椿の里は、交通の便の悪いところで、長く陸の孤島と言われていた。
引越した時、母の実家は、とみ爺の家と呼ばれる空き家になっていた。とみ爺の家は、西の浜の崖の上に建っていた。
晴れた日には、海のずっと先の、遙か彼方に五島列島が薄らと霞んで見えた。
とみ爺の家は、わら屋根の典型的な百姓屋であった。
井戸とランプと囲炉裏の暮らしであった。
井戸は、とみ爺の家に至る小道の脇に設けられていた。
夏場はしばしば涸れた。
大雨が降ると、白濁した水が小道すれすれの高さまで上昇した。
白濁した水は、飲料にも洗濯にも適さない。
夏季はいつも水に難儀して暮らした。
すり鉢状であった集落の扇の要に当たる所に「涸れずの井戸」があった。
私は、何度か洗濯物を持ってその井戸まで行った。
子供の力では、その井戸水を汲んでとみ爺の家まで運び上げることは出来なかった。
もう1カ所、西の浜の崖の下に、冷たい水が湧き出していた。
1年中涸れることがなかった。
夏場は、この湧き水を、飲み水用に汲み上げた。
この湧き水は、満潮時には海面下に隠れてしまう。干潮の時に、大小の石ころを取りのけて掘り下げ、丸く囲って臨時の池をつくることになる。
ここでやっと「おうこ」の出番である。
とみ爺の家の「おうこ」*4 は、担い棒である。固い木で作られていた。肩に当たる所は太く平らで、左右は細く丸くなっていた。
両端にストッパーのような棒が出ていて、そこにブリキのバケツの柄を引っかける。
子供の私が汲み上げるので、母は、ヒモでバケツを括り付けた。
このバケツに、崖下の湧き水を、瓢箪の柄杓で汲み入れる。バケツいっぱいになると、今度は、ウネウネした急斜面の道を崖の上の家まで一歩一歩と担い上げる。
登り上がった時、バケツの水はかなり減っていた。
全体を揺らして歩調をとる担い方を体得したのは、小学校3年生頃であった。
担ぎ上げた水は、貴重な水で飲み水として台所の【ハンゾガメ】に納まる。ハンゾガメの漢字は知らない。勝手に【半蔵甕】と思っていた。丸い大きな甕である。
幼い私は、木箱の足継ぎに乗って、バケツの水を注ぎ入れた。
五右衛門風呂が西側の軒下近くに設えてあったが、滅多に沸かすことはなかった。幼い私は風呂釜いっぱいの水を汲み上げることは出来なかったし、母が風呂のために、浜から汲み上げるのも見た記憶がない。
西の浜の洗濯
私は、夏になると、西の浜に下りて洗濯をした。
湧き水の所の石ころをのけて、いつものように臨時の池を作った。
海に近い、流れの下の方で洗濯をした。
洗い上げるとそれを広げて、周辺の岩に貼り付けておく。
改めて、湧き水が溜まるように小石を敷き詰めた池に作り直す。
そのあとは、波戸*2 の周辺を泳いだり、磯もの*3 を探したりして遊んだ。
しっかり遊んで池の所に戻ると、池に溜まった冷水を浴びる。
頭からかぶる。ひとりでに、「ヒヤー」と声が上がる。冷たい。
瓢箪の柄杓で何杯もかぶった。
手ぬぐいで、頭を拭き、体中のしずくを拭い取ると、岩に貼り付けていた服を着た。
何時もひとりであった。
近所に同級生が2人いたが、海で一緒に遊んだことはない。
集落の人々は、大潮の時だけ、子を連れて浜に下り、磯に入った。
おうこ(朸)を語り始めると、肩にあたる朸の木の感触が蘇ってくる。
さて、次回の第3章(2)は、椿の里の流行病の話である。
注釈
(エッセイ)「猿蓑 の 寄り道、迷い道」 #5 第3章(1)「おうこ」
をお読みいただきましてありがとうございました。
2024年2月16日#0 連載開始
著:田嶋 静 Tajima Shizuka
当コンテンツ内のテキスト、画等の無断転載・無断使用・無断引用はご遠慮ください。
Unauthorized copying and replication of the contents of this site, text and images are strictly prohibited.
このエッセイが気に入ったら、サポートをしてみませんか?
下の 気に入ったらサポート から気軽にクリエイターの支援と
記事のオススメが可能です。
このnoteでは 気に入ったらサポートクリエイターへの応援大歓迎です。
ご支援は大切に、原稿用紙、鉛筆、取材などの執筆活動の一部にあてさせていただきます。
#エッセイ#有料老人ホーム#シニア向け#高齢者施設#高齢者#人生#芭蕉#露伴#俳句#かな書道#楽しい#懐かしい話#クスッと笑える#思い出#長崎#女性の生き方#電子辞書#古語辞典#意味調べ#意味を調べたらビックリだわ#懐かしい思い出#猿蓑#評釈#古典がすき