山姥と怪童「掌の童話」ダイジェスト 頼光と金太郎
師と金太郎は見晴らしのよい峠に出た。
陽の光が眩かった。
師は道の先をじっと見つめていたが、遥かに武者行列を確かめるとゆっくりと歩いて行った。
しばらくの後、師と数名の歩兵を従えた騎馬武者が金太郎に近づいてきた。
連銭葦毛の騎馬に跨がった武者は、赤糸縅の鎧兜を着け、黒漆塗り金粉を散らした鞘の太刀を佩き、塗籠藤の弓を持ち、鏑矢を背負っていた。
「源頼光である」
金太郎は初めて威圧感というものを感じた。
「お前が金太郎か。腕自慢を見せよ」
金太郎は辺りを見回し、傍にあった五十貫もあろうかという岩を軽々と持ち上げ投げつけた。
岩はドドンドンと太鼓のような音を響かせ転がった。
「なかなかの剛力である」
見つめる頼光の眼光は鋭く、金太郎はその視線を受け止めた。
「何かお言葉をください」と、頭を下げた。
頼光は遠く彼方を眺め、
「高き処を見よ」と、発した。
その言葉が金太郎の心に深く沁みた。
「酒田の怪童金太郎であるから、これからは坂田金時と名乗るがよい」
名を与えられた。
立夏の頃である。
時鳥の声が澄んだ空に響き渡り、木々には藤の花の房が零れ落ちんばかりに連なり、菖蒲が道端を飾っていた。
峠を越えると視界が拡がった。
空が海が田畑が人家が、いっぺんに視界に飛び込んできた。
日本一の富士山も佇んでいた。
金太郎の知らない世界が目前にあった。
「もう己を殺して生きることはない」
未来になにが待ち受けていようと、坂田金時として侍大将に仕え、思う存分力を奮えるであろうことがこの上なく誇らしかった。
<了>
<山姥と怪童「掌の童話」はAmazon Kindleに掲載しています。ダイジェストとしてまとめました>