山姥と怪童「掌の童話」ダイジェスト 門出と母の祈り
その年の初夏、師は母と金太郎に出立の話をし、母は静かに頷いた。
「畏まりました。ありがたき幸せでございます」
金太郎は胸躍らせて答えた。
旅立ちの朝、母は金太郎に深々と頭を下げて言った。
「早くお行きなさい。私といればお前も鬼になってしまう」
母の涙を初めて見た。
師と二人で家を出、振り返ったときには母の姿はなかった。
師は、人の心には仏と鬼が住んでおる、人は仏ともなり鬼ともなる、と呟いた。
金太郎を見送った後、母は錦の着物を身に着け、漆黒の髪を櫛梳き、忍ばせていた守り刀を帯に挿し、森の奥に向かった。
木々も山路も苔生していた。
小鳥や獣の声は滝に近づくにつれて瀑音に掻き消された。
滝の淵には霊気が立ち込めていた。
母は滝に向かい目を閉じ手を合わせ、しばらくの後、帯を解き着物を脱ぎ捨て裸になると、守り刀を咥え滝壺に身を投じた。
時が止まったようであった。
次の瞬間、水面が異様にざわめき巨大な緋鯉が姿を現した。
緋鯉は身をくねらせて水飛沫を上げ、尾鰭を左右に振り、落下する水塊を掻き分け渾身の力で滝を遡った。
緋鯉は滝を登りきると天に昇り、赤龍に姿を変えた。
赤龍は地上の様子を確かめるように二度三度旋回すると、そのまま雲の彼方に消えて行った。
<続く>
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