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(7) シマンチュに成りきって考察する(2024.4改)

「1994年6月から25年が経過した。貴国に賃借していた大ココ島の返却をビルマ共和国は求める。4月中には全ての人員の撤退を要求する」

北京のビルマ大使館に新たに着任したク・ルヤ大使は、中国外交部を訪れて大統領の書簡と共にそう告げた。誇らしげな新大使の姿に「対等」よりも「上位」であるかの様に見えてしまうのも仕方がなかったかもしれない。クーデター未遂前は「従属」『服従」関係にあったのだが、すっかり様変わりしてしまった。

大ココ島の周辺海域はビルマ海軍に既に包囲されており、島には無数のバギーとドローン、そして島の西部には多数のUAV機が降着していると、現地に滞在している兵士から連絡が入っている。同島に、中国はレーダー基地と港を建設している。
旧ミャンマー軍のクーデターが未遂で終わらねば、旧ミャンマー軍がココ島に滑走路を建設する予定だった。ココ諸島への中国の電波傍受施設設置を、ミャンマー軍事政権が許可した時点で中国領の解釈でいた。ココ諸島から60キロメートルと離れていないアンダマン・ニコバル諸島に、インドの軍事施設がある。この施設の通信を傍受してインド海軍の情報を集める情報監視基地と、中東からの石油運搬タンカーの補給地としての役割を担ってきたが、諦めねばならない時がやって来た。

新大使の就任に合わせた様に降って湧いたように出てきた話だが、ココ島返還要請に至るまでに伏線が幾つもあった。
手痛い失点ばかりが中国側に積み上がっており、担当部署での人事変更、責任者の更迭を強いられている状況だ。
人民解放軍海軍だけの話ではなかった。ビルマとの国境空域で、ビルマ空軍のUAV無人機による哨戒活動が日々行われているのだが、ビルマ軍に対抗して、中国も遠隔操作式の偵察用無人機を投入し、国境警備と偵察任務に当たらせるようになった。

無人機を投入して3日目に、予想もしなかった事態が生じる。
ビルマのUAVから発せられたと思われる電波干渉により、リモートセンターから無人機へのアクセスが出来なくなった。アクセスの遮断された無人機は事前設定通りに自動航行モードに転じた。時間にして十数秒後、無人機が何らかの手段でハッキングされたと見ているのだが、自動航行の飛行コースとは異なる動きを取り始めた。無人機が何らかの干渉を受けていると判断せざるを得なかった。
無人機はビルマ軍のUAVに囲まれる様にして、ビルマ領内に連れ去られてしまった。

無人機拿捕の2日後、奪われた無人機がビルマ軍のUAV機とともに中国国境に現れた。
中国人民解放軍は無人機にアクセスして奪還を試みるも、内臓プログラムを修正されたのか、全くアクセスが出来なかった。ハッキングされた時と同じように、自爆プログラムすら起動しない。
厄介な事に中国機としての識別信号を発信し続けているので、無人機内のプログラムを改良されて、逆に中国領空内を侵犯し続けている日々が続いている。
2日連続で再ハッキングが出来ず、3日目に迎撃対象として認可された。しかし中国機が攻撃すると、オリジナルよりも性能が向上しているのか回避行動を取り、撃墜行動も取れずにいる。
空軍内部にはこの状況をビルマに対して異を唱えるべきだと言う将校達も少なくなかったが、人民解放軍の失態を公表しかねない状況を捉えて「国の恥」と中央政府が判断し、国境警備担当将校の更迭に留まっている。

淵袁尚国防相は 中国国境だけならまだしもラオス国境でも『中国機」のまま不法侵入を繰り返しており、ラオスから「ビルマ領内から貴国の航空機が侵入している」として説明を求められている。大問題だった。
パイロットがロボット化し、自立型UAVが導入され、ビルマ軍の無人化の前で何の対策も講じられずにいる。血気盛んな自軍パイロットが攻撃を求めるなど、好ましい事態とは言えない現場状況となっている。
その上でのココ諸島の返還要請だ。そもそもレーダーが有りながら捕捉できずに島への大量の無人機の侵入を許している。なぜ無人とはいえ大部隊をビルマは投入できたのか?その理由も全く分かっていない。
ビルマ軍というより、プルシアンブルー社なのかもしれないが、技術力の差を認めざるを得ない状況にある。問題はプルシアンブルー社がASEAN内でビジネスを推進している点だ。最も憂慮すべきは米国への技術移転であり、兵器提供の可能性を考慮せねばならない。「戦略上の要衝」は、ココ諸島だけではないからだ。

カンボジアのリアム海軍基地に建設中の建屋を「中国にとってインド太平洋初の海外基地となる」と米国防総省が警告している。カンボジア政府は否定しているが、ココ諸島と同程度のセキュリティを課しているので、プルシアンブルー社であれば簡単に情報を収集し、カンボジアに対して政治的な圧力を加えてくるかもしれない。
太平洋地域でも懸念が生じる。ソロモン諸島で国際港の再開発事業を中国土木工程集団が落札した結果、周辺国サモアのフィア首相が「軍民両用の港などに転じる恐れがある」言及した。

「中国は人民解放軍の軍事力をより遠方まで広げようとしている。戦略物資、兵站物資の維持拡大を可能とする物流・基地インフラのグローバルネットワーク網を、中国は確立しようとしている」と米国防総省のマイナース報道官は警告とも受け止められる踏み込んだ物言いをしているが、ソロモン国際港で用いる技術も、ココ諸島と同じだ。ソロモン諸島政府に圧力を掛けるかもしれないし、レーダーを掻い潜る様にして無人機を飛ばして監視し続けるかもしれない。南シナ海では南沙諸島で東南アジア各国と対峙し、セカンド・トーマス礁ではフィリピンと揉めている。東シナ海では台湾、そして日本とは尖閣諸島だ。プルシアンブルー社がココ島を最初の照準として来たと見た方が良いだろう・・

「・・パイロットロボの耐G性能がヒトの3倍とは、何を見て判断したのかね?」  
淵袁尚国防相が、レポートを持参した空軍総幕僚長に訪ねる。           
「旧ミャンマー軍に供給したJ17と、プルシアンブルー社が改良中のシンガポール空軍の米国戦闘機F15とF16をパイロットロボに操縦させて、模擬戦を行った映像から分析しました。J17の旋回性能をフルに引き出していたのですが、同じ事を人間が行えば、1秒と掛からずに意識を失って墜落します・・」

「つまり、同じ機種で交戦しても勝てないと言うことか・・」
淵袁尚国防相が呟きながら周囲を見ると、空軍の面々が項垂れているので「深刻な事態だ」と国防相は悟った。

「閣下。とはいいましても我が軍にAI導入し、無人化を求めるのは早計だと進言いたします。 
プルシアンブルー社の狙いは、軍事予算に占めるIT支出割合の増大と、年間軍事費の増加です。
IT開発費の軍事費におけるパーセンテージが上がるのは仕方ありませんが、人口減少問題に悩む国と、減少に転じたとはいえども膨大な人員数を抱える我が国では、土俵が全く異なります。
人民解放軍軍人の削減が進めば、民間企業での雇用者数も同時に減るでしょう。しかし、受け皿であった軍や企業で雇用が出来なくなれば、失業率が上がるだけです。さらに軍事予算ばかりが上がれば、国が傾きます。      
どうか自重頂けますようお願いいたします」
贔屓にしている外交部の劉 璋の進言を防衛相が黙って聞いていた。 
確かに無闇に競争して、勝てる相手ではない。
今は軍事的な対立を抑制し、国内体制を整えながら開発を粛々と進めるのが懸命だと劉 璋は事ある毎に言う。そもそも「一帯一路」や「インド洋版、真珠の首飾り」は虚言に過ぎなかった。
党執行部は方針の誤りを認めるべきだと意見を共にしているのは、数名の閣僚に留まっている。

劉 璋は「生贄としてタイもしくはラオスを差し出してはどうでしょう?」とも提案する。
ラオスは借款地獄に落とし込んだので別枠としても、軍事クーデターで政権の座を奪ったタイの軍事政権は、今回のビルマの民主化実現により、ASEAN内の軍事政権の未来は無くなった。 
ビルマの変革に伴ってタイ国内の市民運動・学生運動が活性化しており、「当て馬」に据えるには格好の軍隊ではないか?と事細かなプランを打ち出してきた。
タイ軍がビルマ軍に惨敗するのが大前提となる。ビルマの軍事力の優位性に怯えた、好戦的な中国共産党幹部が黙り込み、ラオスとカンボジアが、プルシアンブルー社と商業面での提携を模索する。両国が複数政党制に移行するのもやむを得ない。
その間に中国政府は投資額を増やして、最先端テクノロジーをキャッチアップしてゆく。
短期的には同社のエンジニアを買収するしかないだろうが・・

閣僚全員が猶予策を理解せず、プルシアンブルー社の罠に嵌る可能性も否定できない。一連の苦境を齎せる策士とテクノロジーが同社にはある。 政経一体となり、前例のない複合的な策を繰り広げて来るので、どうしても踊らされてしまう。

共産党内の内部争いで終始している党員が、高度な戦術に踊らされ、一旦は舞い上がった後で奈落の底に落とされる。次元の異なる世界の存在をその時点に至って初めて知り、世間知らずの党員は悔しがるのかもしれない・・

ため息を付きながら受話器を取ると、外相への面談を要請した。
ーーー

金曜の夜 羽田を飛び立ったサザンクロス航空チャーター機S340は島根・隠岐の島に着陸する。 

前外相の前田、前総務大臣の阪本、前厚労大臣の越山とモリの組合せなので市長と島民が歓迎の宴を用意していた。明日は長崎県に属する対馬に向かうが、その前にヘリで韓国と揉めている竹島(韓国名:独島)へ波が穏やかであれば、降りる。   
社会党と共栄党は、隠岐の島、対馬を重要拠点と定めて、経済強化を計ってゆく。
山口2区の補選に立候補し、下関市を拠点とする前田前外相がチーフとなってチームを牽引する。

いずれにしても議員に当選してからの話となるので、具体的な内容は追って公表するとした。その質問を断ち切る為に汚れ役を買って出る。 
「島を巡る領有権論争に終止符を打つのが目標です。筋の通らない話に、耳を貸すつもりは全くない」とモリが踏み込んだ発言をすると、日本人は拍手喝采する。
中韓に至っては「日本に軍事政権が復活する。野党・社会党は右翼の集まりだ」と扱き下ろした。想定した通りの反応なので、特に意識もせず、反応もせず島々を視察するつもりだ。

隠岐の島の皆さんとの宴の後、前大臣3人と外務省をリタイアした里中女史とブリーフィングに臨んでいた。4人から求められたからだ。もう少しで日付も変わる。明朝も早いので何事かと思っていたら、里中が資料を配り始めた。外務省を辞めたのなら、ペーパーレスにすればいいのに、と思っていた。

「・・中国の石油輸入量の80%がマラッカ海峡を経由すると外務省は想定しています。同時に、資源輸送のシーレーンの確保は、中国の重大かつ困難な課題となりました。米国はインド洋とアンダマン海域において、強力な海軍力を維持しています。石油輸送におけるこの戦略的弱点を、中国は「マラッカ・ディレンマ」と英語で自称しています。中国が推進してきた「真珠の首飾り戦略」(the string of pearls strategy)は、中東、ペルシャ湾から中国に至る1万キロを超える長いシーレーン沿いに戦略的拠点を確保を狙いとして、中国が展開している一連の外交的、軍事的措置の総称です。
2005年6月米紙、ワシントン・タイムズは、米国防省の積算値を引用して、米国がすでにマラッカ海峡からペルシャ湾に至るシーレーンを支配していると見た中国が、「マラッカ・ディレンマ」の克服のために、中国沿岸から中東に至るシーレーンに沿って各種の措置を取る「真珠の首飾り」戦略を展開している、と報じました。同誌によるとパキスタンのグワダルに建設中の港湾に対する財政支援、バングラディシュ、旧ミャンマー、カンボジア、タイ、南シナ海の島嶼に基地や外交的結び付きを確立するための商業的、軍事的努力などが「真珠」に該当する地域となります。最も中東に近い「真珠」の地・グワダルはペルシャ湾の出入り口に位置する戦略拠点にあり、商業港として建設されているといわれています。国境を接する中国に至る陸路のゲートウエイにもなり、完成すれば海路と陸路のハブ地点となるでしょう。旧ミャンマールートを日本人に封殺されたダメージは深刻なものです。8割を占める海洋ルートを早急に見直し、パキスタン・グアダルルートしかも陸路の比重を増やす計画を立てている最中でしょう。アフガニスタンのタリバンが石油欲しさに襲撃するかもしれませんね」

外務省の事務次官補佐で、前田前外相の補佐役を努めた里中が外務省を辞めて、社会党外交部の本部長に座った。モリの補佐役を担当していた桜田詩歌を始め3名の外交官を引き抜いてきた。
思い切ったものだと感心していたが、神奈川2区に立候補する阪本は総務省官僚を10名退職させて連れて来てしまっているし、越山は厚労省の元厚生省側の官僚3名を連れて来ていた。
3人は全員を衆参の議員に据えようと企んでいる様だ。
里中女史は前田前外相の公設秘書からスタートするらしい。・・その里中が話を続ける。

「中国が展開する「真珠の首飾り」戦略で注目すべき点は、ベンガル湾、アンダマン海における動きです。この海域はマラッカ海峡の出入口でもある戦略的にも重要な海域です。ベンガル湾とマラッカ海峡の分岐点としてインド領のアンダマン、ニコバル諸島が有り、インド本土からは遠く離れていますが、インドネシアとビルマには至近距離にあるんです。アンダマン諸島の北にはビルマ領のココ諸島があります。
1994年に旧ミャンマー軍事政権からココ諸島を貸与された中国は、海洋偵察・電子情報ステーションを大ココ島に、小ココ島に基地を建設しようとしていました。クーデターが未遂で終わり、基地の建設は宙ぶらりんになったそうです」  
皆でモリを見て笑っている。知らぬふりをして配布資料を見続ける。

「中国にとってビルマは戦略的に極めて重要な国でした。それ故に多額の投資をしていたのですが、誰かさんが見事なまでにご破算にしてしまいました。ビルマルートはパキスタンルートと同じ様に、陸路ルートが計画されておりました。
マラッカ海峡迂回ルートの一つとして、大河イワラジ川を遡航して中国雲南省の省都、昆明を河川航行と陸路で繋いで、インド洋にアクセスする構想を描いていました。ミャンマー軍政を中国の半支配下にされたインドは、南アンダマン島の州都ポート・ブレアを拠点化し、インフラ整備と軍港の拡張を進めていました。

南シナ海、マラッカ海峡、アンダマン海、インド洋そしてペルシャ湾は日本のシーレーンにとって非常に重要な海域です。
中国の真珠の首飾り構想をあなたは破壊しようとしていますし、一帯一路の海側ルートにプレッシャーを掛け続けています。
外務省と防衛省から官僚達が大勢転出しようとしていますが、彼らが転出を決断するポイントは、あなたの頭の中の計画とその内容です。
ゲリラの棟梁であるアナタに伺います。
あなたはココ諸島をどうする つもりですか?
ビルマ軍をあなたの私設軍のように扱い、ビルマをASEANの大国に成長させて、タイとカンボジア、そしてラオスの民主化を推進しようと考えてますよね?それに、ASEAN自体を強固な繋がりにしようと企んでいるでしょう?」

4人に見つめられて困惑する。まだクーデター未遂から1ヶ月と2週間が過ぎただけだ。順調だが、余談は許さない状況にある。国境を巡って、タイとラオス、そして中国とは絶えず駆け引きが生じている。尖閣諸島・台湾と同じで、偶発的に交戦が始まる可能性が有る・・

「・・ここだけの話ですが、僕はビルマ軍の総責任者です。副大統領で防衛相のダフィーとは毎日会話して、軍の問題点や改善点、方向性を確認しあっています。
ダフィーはご存知のようにカレン民族戦線の総司令官ですが、英国留学でケンブリッジで博士課程を出ています。僕は次の大統領に据えようと考えています。
ココ諸島はビルマ陸海空軍の保養所兼研修センターにする計画です。幸い、あの島には住民が居ませんので・・」

「ほら、ご覧なさい。ビルマ王朝は何故か日本に来てたのよ・・」前田前外相が里中の背を叩く。

「社会党スタッフを厳選して、ヤンゴン・・もといラングーンに派遣します。桜田に任せようと思います」

里中はん、涙目にならんでも宜しいがな、と思いながら、焙じ茶を飲み干した。

(つづく)


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