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2章 フォーメーション変更(1)新メンバー、参戦(2023.8改)

緊急事態宣言解除に伴う人的移動が我が家で生じる。
6月から再開する学校に合わせて、子供達が横浜の家に戻る。子供だけでは家事が賄えないとして、大人も移動する。会社や仕事絡みで玲子の母と、3人組女子大生の一人、樹里も不定期の仕事に対応する為、モリ家を拠点とする。

更に新メンバーとして村井家3名が加わる。
移動と2つの拠点の配置は、妻たちの判断によるもので、モリにはなんの権限も無かった。村井家の次女をモリ家で預かり、母親と樹里と同じクラスだった長女の幸の2人が新たに五箇山に合流する。
そんな内容のメールが「決定事項」として届くと、群れの最弱者は村井家を訪問し、3人分の荷物を車に積み込んで、横浜市内のモリ家に帰ってきた。

村井家の母は妻の蛍と同い年で、頻繁に家でお会いしているのでモリにも面識はある。長女の幸は樹里と同学年同クラスで、モリが担任だったので3人の女子大生同様に「よく知っている」一人となる。可哀想なのは中学生で、次女の彩乃だ。 モリが学校の教師だと知ってはいても、今まで接点がなかった。しかも、母と姉は五箇山に行ってしまうのだから、母はそれが心残りのようで、入れ替わる玲子の母と樹里とは何度も相談していたらしい。

「先生にこうやってくっついて毎日甘えなさい。新しいパパだと思っていいから」

幸がTシャツ短パン姿で抱きついて、必要以上に胸を押し付けてくる。しかも母親の目の前での事象なので、演技指導の範疇を明らかに超えている。母殿は「すいません、すいません」と謝りっぱなしだが顔は笑っている。それに何故か、長女を注意しない。

妹はオロオロするだけだし、やはり姉の説明がおかしいようだ。そもそもサチらしくない、本人は樹里を真似ているつもりなのかもしれないが、妹には違和感を与えてしまっている。

「センセ、彩乃をハグしてくれませんか?早く馴れて貰わねばなりませぬ。お姫様だっことおんぶの3本立てで、毎晩のようにやってもらいたいものです。
彩乃は子供のクセに先生の大ファンなので、ご安心ください。何しようがセクハラには該当しません。好きなように触りまくって、大人にして下さい。あ、そうだ。彩乃、今夜から先生のベッドで寝なさい」

「え?」 

「なにか変でしょうか?」 
そりゃ、誰だって驚くだろ?と思う。サチがまだ余興を続ける。

「妹はパパっ子でした。父が亡くなってから最近まで、ずーっと夜泣きしていたんです。

母と私と交代で添い寝していたのですが、明日から2人共居ないのでそれが出来なくなります。なので、今夜はテストしてみましょう。そうだ、彩乃、先生と一緒にお風呂に入りなさい。先生もあゆみちゃんと一緒に入ってるんでしょ?」

「さすがにもう入ってないよ・・」・・妹さんは真っかっかになってますが・・・。

「仕方ない。では私めも一緒に入浴して、親子のスキンシップのお手本ってヤツをコヤツに見せつけてやりましょう、ウヒヒ・・」

「お姉ちゃん!いい加減にして!」
やっと妹が怒った。姉はこれを狙っていたのだろうか。

スキンシップは程々として、生活情報の把握と理解の方が大事だと思うので、妹さんを連れて近所を散歩に出ることにした。姉の幸が過度に進めようとしても新しい環境では、無理がある。実際外に出たら、妹さんの緊張がほぐれたのか表情が柔らかくなった。
好きな食べ物から始まって、趣味の話から得意な教科の話に無意識に誘導してしまうと、職業病かよ?と自己嫌悪に陥っていた。リカバリー策を繰り出す。

「彩乃ちゃんの仲の良い子を週末、ウチに連れておいでよ。教師の家だから、友達の親御さんも外泊を許可してくれるんじゃないかな?これから市民プールも始まるし・・あー、ごめん。プールは今年はやらないかもしれないね。えーっと何がいいんだろう・・」

「あの、ハイキングはダメですか? 私、富山に行ったら先生の狩りが見たいんです。それで山歩きに慣れたいなって思ってて・・あ、選挙もありますし、先生がお忙しければ結構です」
・・なんだ、リクエストも出来るんじゃないか・・

「なるほど。いいよって言いたい所なんだけどね。問題が一つあるんだ。
トレーニングするような山は低い山から始めるんだけど、これから夏でしょう?炎天下の運動と同じで、熱中症対策が必要になる。汗が全身から吹き出るよ。でも、秋の猟には連れていくつもりだよ。上りは僕がおんぶするから大丈夫。お姉ちゃんも上りが苦手で、何度も背負ったんだ。そしたら、あんな甘えんぼうになっちゃった」

​​「樹里ちゃんもですか?」

「そうだね。樹里とサチとは夏休みを過ごしたくないんだ。なんで汗掻きながらまで、くっついてくるのかわからない・・。
そう言ってる間に、到着。ここから先が横浜3大商店街の一角になる。彩乃ちゃんはなにか欲しいものある?」

「あの、お母さんにお金を貰ってまして・・その・・下着を買いたいんです・・」

・・知らない家に泊まる。女子なら、そうか。盲点だったな・・

「分かった。じゃあちょっと歩いてイヲンに行こうか。そっちの方が安いと思う。うちの子たちの服はイヲンかウニクロで調達しているんだ。そうそう、明日の昼は彩乃ちゃんと僕だけだから、スーパーで昼食の買い物もしよう。商店街にランチを食べに来てもいいけど、何が食べたい?」

「あの、先生のカレーが食べてみたいです。先輩たちから美味しいって聞いているので」

「それならお安い御用。じゃあ一緒に作ろっか?」

妹さんの笑顔で、第一種接近遭遇は成功したんだろう、と信じたかった。

ーーーー

翌日の夕方、樹里と玲子の母の運転で、我が子達が到着する。
樹里が万能過ぎて、何より助かる。到着組では彩乃の唯一の知り合いなので、早速フォローに入る。

ウチの娘は「女の匂いがする」と行って人の後ろで鼻をクンクンさせている。

「彩乃ちゃんだよ。朝になったら腕の中に居たんだ。今でも亡くなったお父さんの夢を見るんだってさ。可哀想だろ?」

「いきなり一緒に寝たの?」
・・風呂に入ってきたのは、さすがに驚いたがな・・

「姉も一緒に3人で布団敷いてね。アイツも夜泣きするんだね、お父さ〜ん だって」  
・・サチと何があったかは、言えないが・

「それ、さっちゃんの演技だよ。おそらくワザとだから・・。仕方ない、私も一緒に寝るかぁ」

と頭の後方で腕を組んだまま去っていった。

「先生、こちらでも暫くお世話になります。よろしくお願いします」髪を切って雰囲気が変わったので、遠目で注目していた。娘のボブカットを少しだけふんわり感を出している。玲子もこんな風に歳を重ねるるのだろうか・・

「こちらこそ、お世話になります。昨日村井家が料理の作り置きをしてくれましたので、今夜は夕飯を作る必要がありません。鍋の中には彩乃ちゃんと作ったタイカレーもどきが残ってますので、小腹が空いてる奴がなんか言ってきたら、与えて下さい。僕は暫くしたら彩乃ちゃんと散歩に行ってきますので」

「タイカレーもどき、ですか?いいですね、2人でお料理。お散歩、私もご一緒してもいいですか? 彩乃ちゃんと仲良しにならないといけないですし」

「そうですよね。私達には他所様のお嬢さんですもんね・・」

「はい。でも、本当の娘だと思って頑張ります。あゆみちゃんとも仲良くなれましたし」

「そうですか・・あ、ちょっと失礼。火垂! お前、今日のおやつ係な。いつものカレーが鍋に入ってる。冷蔵庫の中は 夕飯用だから、手を付けないように伝えろ。父さんたちは散歩に行ってくる。なんかあったら携帯に連絡くれな」

「了解。多分誰も食べないよ。みんな腹いっぱいだから」
この時間で腹いっぱい?夕飯は大丈夫なのか?

「みんなで海老名インターでいろいろ食べていました。普段は食べれないぞーって、樹里がみんなを率いていきました。とにかく人がいなくて空いてましたから」

樹里が家に入って、彩乃が仔犬の様に寄ってくる。

「そうでしたか・・。彩乃ちゃんは、高速道路のパーキングで何か食べたりするのかな?」

「あんこが好きなので、大抵、たい焼きとか大判焼きです」

「お祭りの屋台も、同じだったりする?」

「えっとですね・・あ、そうですね同じです。いっつもどっちかを食べてます」

「すっかり仲良しなんですね。ねぇ、彩乃ちゃん、おばさんもお散歩について行ってもいい?」
・・この人に言われたら、誰も断らないだろう・・

「はい、お願いします。あの、先生と2人で歩いていると色んな人が声を掛けてくるんです。今日はパパとお出かけなのね、いいわねーって、でも、相手の目当てが先生なのがすぐに分かるんです。私をダシに使わないでって思ってました。だから、キレイな方が一緒なら、きっと誰も近寄って来ないと思うんです」

「あら、嬉しい。ヨイショはお姉ちゃんそっくりね。でもね、この家ではお世辞は使わないでいいみたい。じゃあ、提案なんだけど、女優さんのつもりになってみない?私達も彩乃ちゃんのパパとママになりきってみるから、それで街のみんなを騙しちゃおうよ」

「あ、ハイ!楽しそうです!」

扱いに慣れている事に驚いた。それに、まだその気でいるのかもしれない。家族ゲームは終わっていなかったのだろうか・・。

ーーーー

五箇山に到着した村井家のサチは、様変わりした雰囲気に驚く。

合掌造りの住宅を囲むように、柵が覆っていた。安全対策上、仕方がないとは理解しながらも、合掌造りに柵は似合わない。家の上を静止状態で飛んでいたドローンが、村井家の車が近づいてきた。乗車している2人を確認に来たのかもしれない。門の前にはバギー車両が止まっていた。サチが運転席から降りて「call!」と口にすると、暫くして家から蛍が出てきた。互いに会釈を交わして、「後ろに座って」と蛍に言われたのでサチは後部座席に乗り込む。蛍が運転席の扉を開けて、幸乃に「疲れた?」と言いながら座り、エンジンを掛けて庭に車をゆっくりと乗り入れた。

サチが事前に聞いていたから出来たのだが、ずいぶんと厳重な警備体制だった。

鮎、里子、杏、そして玲子の4人が家から出てくる。

サチは防犯システムの説明を玲子に訊ねて、目を輝かしている。「誰が開発したの?」「あの子の武器は何?」と玲子を質問攻めにしていたが、玲子も詳細は把握していない。午前中に動き出したばかりなのだ。

「ドローンにはカプサイシンが詰まったカプセルが搭載されているんだって。バギーは熊よけスプレーを噴射する」

「何それ?、勝手に入ってたら、大変な目にあってたかもしれないじゃない」

玲子がサチの目の下の隈を押すと、サチが嬉しそうに照れる。
可愛がって貰ったのね、と思いながら。

「横浜のモリ邸にも、同じセットが届くらしい。母校には5セット設置するんだってさ」

「凄いね・・これ、誰かがどこかで操縦しているわけじゃないよね」

「うん。AIで動いてる。バギーが自走できるって事は?」

「えっ、そういうこと? 公道はまだ駄目だよね?」

「道路交通法を改定しないとね。でも、私道や田畑を走るだけでもAIは学習している」

「そう遠くない未来か・・開発した人近くに居るんだよね?色々聞きたいなぁ」

「うん、明日来るよ。選挙の打合せでね」

玲子が言うと、サチが両腕でガッツポーズをした。

(つづく)


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