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ホラーショートショート『狸の家』

K県K区在住のBさんから聞いた話。

Bさんが、いつものように夜遅くに帰宅しているとき、気まぐれでいつもの道の一本横の道を通った。妙に静かな道で、自分でいつもとちがう道を選んだのになぜか早足になってしまう。

よく知る道に合流するT字路に差し掛かる寸前、ふいに靴紐がほどけていることに気づいた。こんな場所でかよ、と思いしゃがんで紐を結んでいるとどこからか視線を感じる。

狸がいた。

置物だったが、その一匹の狸と思わず目が合ったような気がして「うっ」と声をあげてしまう。おそらく信楽焼というやつだろうが、妙にその表情がリアルに感じた。

靴紐をきつく締め直し、嫌な気持ちで立ち上がるとBさんはまた変な声を出してしまった。異様に大きな体の男がいた。こちらをじっと見つめている。

Bさんは慌てて男から離れ走り出し、角を曲がる直前で振り返ると、その男が狸の置物のある家に入っていくところが見えた。あの家の住人だったのだ、と妙に納得するのと同時にBさんは勝手に驚いた自分に恥ずかしくなった。

それにしても、あの男性、身長はほぼ2mあったのではないか、体重はどれくらいあるのだろう。そして街灯のあかりもほとんどないはずなのにアンバランスにくりくりした目だけが、暗闇から浮き上がって見えた気がした。それに聞き間違いだろうか、それにすれ違う瞬間「限界なんだよ 」、と呟いたように聞こえた。

1週間後、Bさんがランニング中に何気なくあの道を通り、例の家の方をふと見て思わず足を止めてしまった。

狸が増えているのだ。

それも2匹や3匹という数ではない。大小さまざまな狸、信楽焼の置物が見える範囲で10体以上、

ふと何気なく玄関の横の窓、うっすらと開いたカーテンの間からその家のリビングを除くと、異様に大きな影が通り過ぎていくのが見えた。Bさんが固まっていると、ドアの前に人の立つ気配、いや気配どころではなく、何かが大きな体を壁に擦りながら、出てこようとする音がする。

みてはいけないものを見てしまった気がしてBさんは立ち去った。

それにしても、この前見た男性と同じ人なら、いくら伸長が2mあるとしても、家の中を移動するときにあのような音を立てながらというのは考えにくい、別の家族なのか、それとも…。

それ以降、Bさんはその家のある道を通るのを避けていた。

しかし、ある日近くを歩いていると妙に騒がしい。どうやら騒ぎはあの家の方から聞こえてくる。

好奇心を抑えられず近づいていくと、そこには常軌を逸した光景が広がっていた。

大きなトラックがクラクションを鳴らして止まっており、数人の野次馬が辺りの家から出てきているところだった。

そしてその原因は一目瞭然。例の家から溢れるように、道路の幅を半分以上塞いでさまざまな狸の焼物が数十体置かれていたのだ。よく見るともはや狸の置物だけではない、どこから持ってきたのか狛犬かよくわからない仏像のようなものまで並べられている。ひときわ目立つのは人間ほどの高さのある奇妙な地蔵だった。それは地蔵のように見えたが、よく見ると顔が動物的である。狸のようにも見えるが、狸にしては人間的な表情をしている気味の悪いものだった。

なによりおかしいのは、家自体にひびが入っており、ミシミシ音を立てて揺れているように見えることだった。築10年経たないような小綺麗な家の一面に亀裂が入り、そこだけ地震が起きているかのように揺れている。

Bさんがあまりの光景に、目を離せないでいると、一階の窓から奇妙なものが見えた。家のなかを何か巨大なぶよぶよした肌色のものが動いている。ただそれは何かの一部のようで、何なのかはわからない。

いよいよトラックから男性が降りてきて、置物の間を縫ってインターフォンを連打しはじめると、意外なことに出てきたのはやつれた小柄な中年女性だった。

「あのなあ、道が…」とトラック運転手の男性が苦情を言おうとしたとき、

女性は焦点の定まらない目で運転手の頭の上あたりをみつめながら、

「めしなさんのいうとおりしよったんにあんなんよこしてからに」

とほとんど叫ぶように、それでいて男のようなしわがれ声で意味のわからないことを言った。

Bさんは、何か巻き添えをくらいそうな予感がして、急いでその場を離れた。しばらくしたら警察、あるいは区の職員が来てあの置物は撤去されることだろう。

その場から離れながら、振り返ってふとその家の2階を見ると、2階の窓の脇の室外機の上、あり得ない場所に変な女がいる。

 身長は130センチメートルくらいだろうか、顔や体が妙に細く、それなのにボロボロの白い服がお腹のところで、無理矢理なにかを詰め込まれたかのように異様に膨れ上がっている。

明らかに人間ではない“それ”がニタニタと不快に笑いながら通りの騒ぎを眺めている。他の人たちは気づいていないようだ。いや見えていないのか。なぜ自分だけに見えている、などと考えていると、

ふと、“それ”がこちらを向いた。横から見ている時は気づかなかった、いや大きい口を開けて笑っているように見えていたのだが、それの口もとには血がべったりとこびりついていた。それは笑っているのではなく、さっきまで生の肉を食っていたかのような口周りの異常な量の血がそう見せていたのだ。むしろそれの口は異様に小さかった。

そいつがその口を開き、何かBさんに向けて言おうとしたように見えたその瞬間Bさんは死に物狂いで駆け出した。

その家はその後、気づいたら取り壊されていたようだ。

はい、Bさんはいまでもダイエットを続けています。


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