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休むことが許されない休日。 【エッセイ】

 ベッドで寝そべる自分の顔に窓から西日が差し込んだ時、平日の憂鬱さを思い出す。ああ、また休日を無駄にしてしまった。

 僕らは休日のために平日を過ごしている、と思っている。土曜日は早起きしてウォーキングに行こう。その後は読みたかった本を読む。映画を観るのもいいかもしれない。

 土曜日。スマホの黒い画面に映った無気力な自分の顔を見つめる。こんなはずじゃなかったのに。もっと効率的に動きたかったのに。

 充実した休日が存在するとして、それはどんなものなのだろう。やりたいことを効率的にこなすこと。読みたい本を一冊でも多く消費すること。おしゃれなカフェに友達と出かけること。僕はどれも違うと思う。一方で、どれも正しいとも思うのだ。

 本来、休みというものは自由であるはずで、効率や合理性を求めるべきではないはずだ。しかし、資本主義が僕らの心に侵入してきて、より速く、より遠くにという思想を植え付けた。それだけじゃない。今では、仕事のための休みになってしまっている。ワークライフバランスなんてものも所詮は利益を上げることしか考えていない。

 ああ、無駄なことをしたい。一日中くだらない動画を観ていたっていいじゃないか。お菓子をいくら食べたって、お酒をいくら飲んだって。縛られたくない、自由になりたい。休みは休みだ、休ませろ。

 仕事の合間に休みがあるんじゃない。休みの合間に仕事があるだけ。人生は自由だ。さあ、なにをしよう。月曜日の朝日が部屋を明るく照らす。

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